大胆な配色だと思って、思わず車を停めました。
キレイというよりも、ケバケバしい。
普段は人の手が入らない、自然が創り出した造形の不思議さに興味が湧くし、人が創り出したデザインでも、できるだけシンプルでナチュラルな方が好きだと思っていたのです。
けれども、ただただ広大な風景の中に茶色と緑だけがモザイク状に配置されている地味な畑の間に人々が観光地として集客するためにこんな派手な花ばかりを植えた単純さのようなものがどうしてか愛おしく思えたのです。
昨今は苔テラリウムや小さな盆栽などがオシャレな生活の彩りとして、もてはやされているように感じるのですが、マリーゴールド、サルビアなど、ガーデニングのど定番と思われるような花々もなかなかどうしていいものです。
わかりやすい赤や黄色、紫、オレンジの眩しい原色。
私と娘がくすんだ色の服を来ている横で、二人の妙齢の母親たちはこの花々のような原色をお召になっております。
「歳を取るとね?あんたもこうなるんだよ。
顔色がくすむから、
服の色でなんとか肌の発色を
よく見せようとするのよねー。」
こんなふうに一生、自分の年齢に抗いたいと思いました。
どの色が似合うかよりも、どの色が好きなのか。
歳を取るにつれて、どんどん自分勝手になっていくように見える母親たちを見ながら、私もきっとこうなる。と何故か確信しました。
恥じらいと謙虚さを忘れた訳ではなく、もう、どうしようもないのよ。生きてるって、諦めることの連続なんだから。したいことお互いしないとねえ。と二人は口癖のように言いながら、孫にお小遣いを渡したり、何かを買ってあげることでお互いマウントしていることに笑えました。
娘は、こんなにもらっていいのかな…とコソッと私に耳打ちするから、いんじゃない?と返します。やってあげたいんだよ。おまえがただ可愛いんだ。
しかしおかしいのは、母親同士、誰かの悪口を言ってるときは気が合ってるみたいなのに、どちらかが少しでも自慢のような言葉を口にすると、言われた方が少し不機嫌になることでした。
女はいくつになっても、女なんだなと思います。
ど派手な紫色のカーディガンを素敵でしょ?と何度も私に言う母親に素敵じゃん!と毎回同じテンションで返事をする私はなんてやさしくないのだろうと思う。
娘が横で、ふっと鼻を鳴らしている。私のめんどくさがりと狡さを彼女なりに受け入れてくれているんです。


