それな!! | 想像と創造の毎日

想像と創造の毎日

写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。





自分のスマホを手に入れてから
毎日、そこから目を離せない息子です。

帰宅した途端に
LINEの通知音が連続的に鳴る。
めんどくさそうにしながらも
画面に目を落とし、
その文字の中から見える感情を
いちいちまっすぐに
受け取るのでした。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!
   マジで、ウザいんだけど!!」

言葉に出すということは、
聞いて欲しいんだと私は捉えます。
言いたいことの想像はつきましたが、
あえて訊ねてみます。

「どうしたの?」

「クラスLINEでまた
   ごちゃごちゃやってんだよ。
    アイツのTwitter、キモくね?とか。」

そうなんだ。と
聞き流しておけばいいものを
自分ができてもいないくせに
ついつい自分の考えを押し付けるのが、
私の相変わらずの悪い癖です。

「ほっときゃいいでしょ。
   ヒエラルキーだ。
    あんたもわかってんでしょ。」

「そうだけどさ。
    くだらねえんだよ。
    アホかと思う。
    だいたいクラスLINE何個あんだよ?
    オレもう、抜けようかな。」

「まあそれもいいけど、
    今は連絡ツールの側面も
    あるだろうからなー。
    まあ、見てイライラするのが
    嫌だったら、
    抜けるのもありかもね。」

「確かに入ってないと
    不便なこともあるんだよなー。
    けどね?オレが腹立つのは、
    こういうのに反応する輩なんだよ。
    "それな!!"って、
     バカじゃね?
     本気で言ってんなら、
     頭が足りないし、
     空気読んでるつもりなら、
     自分ってもんがないのかよ?って、
     言いたい。」

息子の気持ちはとてもよくわかる。
他人の悪口を言ってるわけでもないし、
自分のTwitterで
自分の好きなことを呟いてるだけなのに、
それを不快に思ったことを
わざわざ大勢に見えるように
発信することが、
どうにも意図的に周りを煽って、
その人を嫌うように
仕向けているように見えることに
不快になってしまう自分が
嫌なのでしょう。

不特定多数に発信されている以上、
誰が読むことも自由だし、
そのことに不快な感情を持つことだって、
それぞれの自由なのです。

けれども自分でそれをよく考えもせず、
強そうなやつになんとなく同意する。
そのことにも息子は、
イライラを募らせているのでした。

楽しい出来事よりも、
他人の悪口は、
急速な速度で
人と人とを繋げてしまいます。
そうなりはじめると
その負のエネルギーみたいなものは、
どんどん増殖しはじめる。

その空気を変える力が欲しくて、
息子は悩んだり、迷ったりしながら、
自分の怒りのような感情と
日々戦っているのでしょう。

「同意じゃなくてさ。
   気持ちをわかってあげながら、
   そう言われた人の気持ちを
   想像できるように促せる方法が
   あればいいのにね。
   言ってる方も言われた方と同じように
   本当は気分が良くないんだって、
   思いたいな。
 
   いつもその真ん中に
   おまえはいて欲しいよ。」

狭い教室に押し込められて、
自分で選べない人や
その距離が、
個性をぶつけ合い、
互いに自己主張をする。

自分の立ち位置は、
周りの顔色を窺うことの中では
確かめられなかった。

人が好きなんだね。
だから他人同士が揉めることが、
悲しくなって、
悲しさを認める代わりに
怒りになった。

本当の強さは、
他人に勝つことができることじゃない。
自分だけの行動が世界を
変えられると思い上がることじゃない。

どうしたらもっと、
みんなが楽しくなれるのかを
ひとりきりでも
考え続けられることが
強さなんじゃないかと思う。

「悩め悩め!怒れ怒れ!
    ここではそれを許してやるよ。」

そう言うと息子は
ちっ!と舌打ちをして、
プレステの電源を入れました。

「そうじゃねーだろ!!
    やることやれや!」

肩をすくめて、教科書をテーブルに
出します。

「お勉強しろよ。
   じゃねーと、説得力ねーぞ?
    何事も。」

教科書の中にも考える材料はきっとある。
数学も物理も、文学も英語も。
自分ができなかったことを
息子に押し付けている自分も
くだらない輩のひとりなのかもしれない。