ぴーちゃんの羽根 | 想像と創造の毎日

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写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。

職場の窓からすぐそばに
桜の木がある。
心なしか枝の先が
丸く膨らんで来たように見えた。
いつも最初のひとつの蕾が
開く瞬間を見逃さないと
注意を払うのだけど、
彼女たちは、どうにも恥ずかしいのか
その瞬間を私に見せてくれたことは
一度もなかった。

その向こう側に
青空と曇り空が一日置きに見える。
寒かったり、暑かったりの
気温差の激しさに
体調を狂わせないようにと
食事と睡眠に気を配る。

まずは人のことよりも、
自分のこと。
それができないと
他人のことに気を配っている
場合じゃない。

誰かが不安になっていたり、
悲しんでいたりすることが
自分のことのように苦しかったり、
かと思えば、
どうしてそんなに?と
興味を持てなかったりする。

自分の中にある
温かさと冷たさの温度を
どんなふうに調節してるのかなって
考えたらそれは、
今の自分の抱えてる
感情の種類によって違っていて、
結局私は、
自分のことしか考えられない
人間なんだなって、
嫌気がさしたりもする。

体調がすこぶる悪い時は、
人のことなんてまったく
考えられない。
自分の身体がどうやったら
楽になるかにしか、
気持ちが向かなかった。

健康の大事さは不健康なときにしか、
感じることができなくて、
だから他人もそうなんだと思う。

自分の痛みや苦しさは、
自分だけしかわからない。
それが、私にとって、
本当の孤独を知ることだった。

自分の本当の痛みや苦しさを
他人に知って欲しくないと
思う時もある。
弱さを見せたくなかったし、
自分の弱さに気付きたくなかった。

だからそのことを
他人が共感してくれたら、
その人に救いを求めてしまう。
その人だけが自分を助けてくれる人だと
執着してしまう。
けれどそれでも、
自分の全部を他人が最後まで
面倒みてくれることはないし、
私のせいでその人が
私の苦しみを背負うことになったら、
私はもっと苦しくなる。

人と人が不幸で繋がることは
とても不健康な関係だなって思う。

自分の傷や痛みは
自分の底に眠る
自然に備わった何か細胞や免疫といった
そういう自分の意識の働かない
力を信じるしかないような気がした。

だから疲れたら、まずは休む。
原因や理由を考えることをやめて、
痛んでいる場所を探す。
そこを見つけたら、
冷やしたり、逆に温めたりして、
和らぐときを待った。

ぴーちゃんの抜けた羽根を
集めていたら、
いつのまにか半分くらい
夫に捨てられていた。

汚い。気持ち悪い。
一体何に使うんだ?と
言われて。

夫はぴーちゃんを可愛がっているけど、
ぴーちゃんから抜けた羽根には
興味がまったくないみたいだった。

私がぴーちゃんの羽根を集めて、
ぴーちゃんをもうひとり作るんだと
言ったら、
バカじゃないの?と
鼻で笑われた。

どうして時々コイツは
頭がおかしくなるんだろう。
そんなふうにも言いたげで、
私も自分を自分でそう思うので、
他人がそう思うことは
仕方ないことだと思う。

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ぴーちゃんの羽根はすごい。
この中で
頭のてっぺんに生えてる冠羽が
特に美しいと思う。

なんていうかこの羽根は
ぴーちゃんがぴーちゃんである
そのものなんだ。

気持ち悪いって、
なんなんだろう。

不思議と気持ち悪い。は、
どうやら紙一重の
意味を持っているみたいなんです。