流氷の起源は
遠くロシアのアムール川。
参照 流氷ができるわけ
今年はわからなかった。
海にところどころ浮かぶ氷の塊は
どう考えてもロシアから
流されてきたようには思えなかった。
いつもならもっと、
沖の向こうまでびっしりと
海は氷に閉ざされている。
毎年、毎年。
なんだかおかしくなってるんだ。
生き物も風景も、
どんどん形と色をなくしていくような
気がする。
いつもなら、もっとワシで賑わっている。
なのに、今日見つけたのは、
この一羽だけ。
私にとっては近いようで遠い場所である
北方領土を臨むこの子には
国境がない。
エゾシカたちが、
群れを成していた場所から
離れた場所で
たったひとり。
この子だけが、
古びた建物の影で、
枯れ草を食んでいた。
よく見たら、
角が途中で切られたように
なくなっている。
おかしいんだ。
普通なら角は、
根元からポロッと落ちるはずだった。
キミはあの子?
不自由そうな姿を
かわいそうに思った誰かが、
角ごと切って、
縄を外したのだろうか。
そうも考えたけれど、
私には顔の区別がつかない。
一つの種において、
ある性(ほとんどの場合は雌)の
個体数や交尾の機会は
もう一方の性よりも少ない。
それゆえ、交尾をめぐる
個体間の争いが起き、進化を促す。
性淘汰 Wikipediaよりー
オス同士が、エサを食べているうちに
近づき過ぎてしまうと
いつの間にか
カラカラと乾いた音を立てて、
角突き合いをする。
近くはオスしかいないから、
メスを取り合っているわけでもない。
立派な角がお互いの目に入れば、
本能のままに敵だと認識し、
ぶつけ合ってしまうのか。
だったら、角のない子は
角のあるオスにとっては
敵ですらない。
群れから離れた
異質なエゾシカたちを見てると
いつもせつなくなった。
いや。
性差がもたらしていた意味を思って、
虚しくなるんだ。
まるで海から浮き上がっているように見える。
激しい温度差が生んだ幻のことを
人は蜃気楼と呼ぶ。
心もそうなんだ。
あまりに感情をグラグラと
揺らして遊び過ぎると
現実と空想の区別が
つかなくなって、
まるで、
この世には自分しかいないみたいな
錯覚に陥って戻れなくなる。
A.M8:30
現実からの逃避の
タイムリミットがやってくる。
なんのことはない。
息子の面接がそろそろ終わるから、
迎えに行くだけだ。
幻が魅せたせつなさ遊びに
名残り惜しさを感じる。
前を見据えて、アクセルを踏む。




