帰ってきて、しくしくと泣くのは、
もうお馴染みの光景です。
学科だけはどんどん進んでいるようですが、
どうにもまだ車幅感覚が掴めないようで
自動車学校の練習時間だけでは
娘には足りないようです。
かと思えば、娘の友人の中には
実車はスムーズでも、
学科に手こずる人もいるようで、
お互いがお互いを羨ましく
思っているようです。
娘の苦手意識は、自分の身体を
自分の自由に動かせないところに
あります。
それは、身体的に不自由というわけでなく、
感覚的なものなのでしょう。
それは生まれ持ったものに加えて、
興味の幅の狭さから、
身体を使って何かをするという
経験が圧倒的に足りないという
結果でもあるのでしょうか。
泣いてはいますが、
泣いてもどうしようもないことは
娘も理解しています。
苦手なところを理解している。
そのことがまだ救いだった。
感情がマイナスに振れる場面から
逃げ出さないで、吐き出す方法が
泣く。ということであるなら、
それでもいいだろう。
私だって頭で理解しているつもりでも
まるで染み付いた思考の癖のように
同じ理由で感情が揺れる。
それは自分に対する甘えでもあるし、
自分しか大事にできない
子供っぽい思考回路なのだ。
そして、その感情を言葉にすることは
ある意味、自慰行為なのだ。
自分には何かが欠如していると
思い込んでいることを
自覚しながらも、
自分が持っているものを再確認して、
自分を奮い立たせる。
在るもので満足する。ということが、
自分や他人を傷つけない一番の
方法であることも知ってた。
それでもそのことを
自分の心の真ん中に
落とし込めない時があるのは、
他者の存在の言葉や行動に
簡単に揺らされる自分の弱さだった。
他人と比べて、自分の評価を下げる。
自分にないものを他人の中に見つけては
ひどく落ち込む。
自分のくだらなさにいつもいつも
情けなくなりながら、
それでも何度もそこに戻ってしまう自分を
自分だけは許す。
アホなのも、くだらないのも、
情けないのも、弱いことも知ってる。
病識。という言葉を最近、
いろんな場所で見かけて、
自分のどこがおかしいのかを
まず客観的に見る方法は
自分に向けられる
他人の言動や行動を素直に
分析することだった。
言われなくても、わかってるよ!!
と言いたい気持ちを吐き出して、
心をフラットにするんだ。
こんな情けない自分を
いつも見守ってくれてる存在がいる。
それだけで自分は愛をもらっていた。
娘にもそのことが
いつか伝わればいい。
いや。
きっともう、伝わっているだろう。
