赤ちゃんの頃からアレルギー科に通い、除去食に苦労して来ました。

食事の前にインタールを飲ませ、保育園、小学校は、給食をチェックして、食べられない献立にはお弁当を持参しました。

中学校は給食が無くて、「まごわやさしい(婆くさい)お弁当」を持たせました。

高校は息子がどうしてもやりたいと言って、「コンピューターの勉強ができる高校」に行き、通学時間がかかるようになりました。

高校生になると、私は4時起きして弁当を作っていましたが、段々「まごわやさしい」弁当を拒否するようになり、購買でパンを買ったりするようになりました。

振り返ると、この頃から息子は【朝起きられない】ことが増えて、食事作り以上に息子を起こすことが私の朝の戦闘になりました。




大学は遠くの大学を希望して、私に、

🧒「大学の近くに引っ越して欲しい。」

というので、

🧑‍🦰「うちはおとうさんが高齢だし、知らない土地に行ったら呆けそうだし、
家の売り買いは簡単じゃないから、引っ越しは無理なの。
大学の近くに学生アパートを借りてあげるから、1人で生活して欲しい。」

と言ったら、

🧒「じゃあ大学行くのをやめる。就職する。」

と言いました。

学校の成績はほぼトップでしたし、私は大学に行って欲しかったです。

息子は頑固で、

🧒「もう就職するって決めたから、余計なことは言わないで‼️」

ととりつく島がありませんでした。

会社も勝手に決めてしまいました。





会社には、お弁当は持って行けません。
会社が提携しているお弁当屋さんの配達弁当か?コンビニで買い食いすることになりました。



息子自身が自分のアレルギーを知っていて、食べ物を買うときは材料をチェックしていましたから、なんとかなるかな?と思いましたが、表示していないアレルゲンもあり、段々体調も悪くなって行きました。

会社の労働条件も、採用時の説明とは違いブラックでした。😥

24時間、スマホから手を離せず、夜中でもスマホが鳴ると即レスしないと出社した時に怒られるからと、睡眠時間も削られて行きました。


夜眠れない、朝起きられない。

精神と身体が蝕まれて行きました。



心療内科を受診することもできず、漢方薬でだましだまし通勤していましたが、通勤途中に駅で眩暈と動悸がして動けなくなることが増えました。



息子の心を壊したのが働き方だけでなく、職場でのセクハラ被害だったということを知ったのは、息子が会社に行けなくなってからでした。😥


心と身体は一体です。😔