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beforedarkさんのブログ

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☆地元病院に
 入院しているときのお話しです
☆私のTwitterより転載



以前、

大学病院で

働いていた看護師さんから

とても貴重なお話しを

聴くことができた。。。


詳しくは書けないが、

私は、

今は足腰は立たないが

目が見え

口をきき

手が使え

意志を伝えることが出来る。

それらが

出来なくなってしまった人たちより、

遥かに頑張らなければならない、と
(動くのだから、
 それを使わないで
 ウジウジしているのは
 最低の怠け者だ)

痛烈に自覚させられる内容の

お話しだった。



看護師さんは

「あたしのことを

 『かーちゃん』って

 呼んで良いから」

と、いって何度も笑わせてくれた。





ベッドが固くて

骨だらけの私の背中を

たくさん さすっていただいた。

ひとの手というものは

こんなにも やわらかく

そして あたたかいと

心から感じた。



痛む背中を

さすってもらっているあいだは

声を出してしまっていた。

それほど気持ちよかった。


背中をさすって欲しいと

お願いしたわけではないのに、

それを察し

さすってあげると

患者は痛みから

少しでも救われる、と

直感で動ける看護師さんは

ほんとうに

心身の支えにさせていただいている。


ありがとう。

ありがとうございました。







 



地元病室でお世話になった

担当看護師さん。



担当看護師というのは

患者本人・患者家族と一緒に

医師の診断を聴いてくれます。

立ち会い人なのです。



一緒に

余命宣告を

聴いていてくれてありがとう。

その後も

変わらず接してくれてありがとう。

もし、優しくされていたら

私は完全に折れて

すべてを諦め

完全に腐っていたと思います。



転院の日には

都合でお会いできませんでしたが、

前々日の夜に

挨拶に来てくださいました。

そこで

上記の感謝を述べ

固い握手をして

頑張ってくることを約束しました。





必ず元気になって

同地元病院に入院している

私の祖母の食事介助に伺います!




 


しかし、

私の年齢や

腰痛の原因から

病的骨折の疑いが。

様々な検査で出た結論は

良性甲状腺腫が

長い年月を経て

甲状腺癌となり、

それが転移し、

骨を脆くしていた。





今日まで約3週間

ベッドで過ごしたが、

ここ、地元総合病院で

行ったのは〔検査のみ〕。

つまり、、、そうゆうこと、、、





私は 甲状腺癌 stageⅣ







狭い診察室に

私と

先生と

私の父と

私の母と

私の担当看護師さん。



ストレッチャーに横たわって

先生の話しを聴く私の肩を

母は後ろから強く握っていた。

母が泣いているのが

肩から伝わった。


私は…
癌患者は、

訊かなければならないことがある。


私は既にアタマの中の

思考回路は冷たく停止し、

視界は涙で歪み

グラグラ揺れる。

喉はカラカラ

呼吸が痛い

唇はガサガサで

開かない。


それでも

ゆっくりと

震える声で訊こうとしたが

途中でとまってしまった。

『あと……………、

 どのくらい……………』

これが精一杯だった。

先生がフォローしてくれた。

『………××から…××でしょう』

【ごめんなさい。私が臆病で、ここに正確に書く勇気がありません。】


母は声を出して泣いていた。

父は私の後ろで

私よりも

すべてを受け止めていただろう。

その無言が

何故かとても力強く感じた。




その日の食事は

喉を通ることはなかった。



同室の

大先輩方の

くだらないおしゃべりに

イライラしていた。

『私の倍以上のお年のこのかた達は、

 私より長く生きられる。

 …うらやましい。』

自分で、自分の心が

狭く黒く醜くなっているのが

わかった。





私は

みんながうらやましいよ


『今』という

貴重な時間を

大切に大切に

遠く遠くまで

歩んでいってほしい