こじらせてる女性で、
鈍感な女性を、私はあまり見たことがない。
大抵は、
感受性豊かな女性が、
恋愛や仕事で、こじらせを起こしている。
じゃあ、 なぜ
こじらせてしまうのか?
それは、
感受性豊かなことが悪いわけでも、
繊細だからダメなわけでもなくて。
感じ取る力が強いが故に、
本来受け取らなくていいものまで、
自分ごととして受け取ってしまうから。
そして気づかないうちに、
「私は本当はこうしたい」
より、
「こうした方が愛されるよね」
「こうした方が嫌われないよね」
って本音より、無難な方を
採用してしまっているだけなんだと思う。
私も元々、かなり拗らせていた。
拗らせる自分を否定していたし、
自分の繊細さを、
なかなか許せなかった。
感じすぎてしまうから、
人と同じことができない。
人と同じようにしようとしても、
どこかで無理が生じて、
急に全部リセットしたくなる。
そんな自分を、
ずっと"ダメ"だと思っていた。
でもある時、
持って生まれた感受性を、
"自分を責めること"
じゃなく、
"自分を愛すること"
に使い始めたら、
少しずつ、自己否定が溶けていった。
今では、
繊細な自分も、
感受性豊かな自分も、
誇りに思っている。
「私に生まれてよかった」
って、心から思えるくらいに。
そもそも、感受性豊かな女性ほど、
なぜこじらせやすいのか。
それは、
人の気持ちを感じる力や、
共鳴する力が高いから。
「そうだよね」
「わかる」
「確かに」
って、人の価値観に、
自然と入り込めてしまう。
だから、
無意識のうちに、
"他人の正解"を
"自分の正解"として、
採用してしまいがち。
本当は、
こうしたい。
本当は、
こういう生き方がしたい。
でも、
「そんなのワガママかも」
「嫌われるかも」
「ちゃんとしてないと思われるかも」
って。
過去に受け入れてきた、
誰かの価値観で、
自分の気持ちを閉じ込めてしまう。
人は、自分の気持ちを優先できない時に、
こじらせる。
だって、
中(本音)と、
外(行動)が、
一致していない
から。
本当は、
「こうしたい」
のに、
「でも、こうしたら嫌われるかもしれない」
幻の恐怖にのまれ、
自分を曲げ続ける。
確かに過去、
自分の気持ちを優先して、
嫌な思いをしたこともあったのかもしれない。
否定されたり、
浮いてしまったり、
愛されない気がしたことも。
でももう、
過去の痛みを守るためだけに、
生きなくてもいいのかもしれない。
ただ——
行動だけ変えても、
根っこが変わらないままだと、
また拗らせてしまう。
だから大切なのは、
「私は本当は、
何を感じてるんだろう?」
って、自分へ戻ってくること。
実は今まで、
💎自分の価値観で生きているようで、
他人の価値観を採用していたのでは?
💎自分の“好き”だと思っていたものも、
嫌われないための“好き”だったのでは?
💎私は、
本当は何を大切にしたいんだろう?
💎いつまで、
他人の顔色を優先して生きるんだろう?
って。
自分に、優しく問いを向けてあげること。
大抵みんな、
"自分を見ている"
と言いながら、
本当は、自分に
自己否定の矢を向けているだけ
だったりする。
「こんな私じゃ嫌われる」
「もっと変わらなきゃ」
「もっとちゃんとしなきゃ」
って。
それは、
自分を見ているようで、
"誰かに愛されるため"
に、自分を微調整している状態。
つまり、
意識の中心が、
自分ではなく、
他人側にある。
だから、
「もっと私を優先してよ」
「もっと私を見てよ」
「どうしてわかってくれないの?」
という心苦しさが、終わらなくなる。
永遠の負のループとして、つきまとってしまう。
だから私は、
こじらせ=悪
だとは、思わない。
こじらせとは、
"感受性が高いが故に、
他人の正解を、
自分の正解だと勘違いしていた状態"
なんだと思う。
感受性は、敵じゃない。
こじらせ(高感度)は
大切な才能。
ただ、他人に染まるためじゃなく、
“自分を愛するため”
に使ってあげた時に、その才能は発揮される。
自分を愛するって、
そんなに難しいことじゃない。
ただ、
自己理解を深めていくこと。
自分は何が嫌いなのか。
本当は何をしたくないのか。
どんな時に、
心が苦しくなるのか。
どんな瞬間に、
安心するのか。
ちゃんと、
自分の声を聞いてあげること。
人に嫌われないように、
愛想笑いばかりしていない?
場がうまくいくように、
ピエロみたいになっていない?
本当の気持ちを、
置き去りにしていない?
こじらせって、
"自分を生きていない"時に起きる、
心のシステムエラーみたいなもの。
だから、
悪者にしなくていい。
ただ、
「本来のあなたはこっちだよ」
っていう、
心からのサインなだけだから。
"こじらせ"は、エラー反応なだけで
あなたの性格の悪さが原因でもないし
価値がない証拠でも、ないんだよ。
せっかく持って生まれた、
精度の高い感受性。
他人に染まるためだけに、
使わなくていい。
まずは、
自分に愛を注ぐために、
使ってあげよう。
あなたの心が、
潤いで満ちていくと、
愛は、
頑張って届けなくても、
自然と滲み出していくから。
いつだって、
まずは自分。
あなたはもう、
十分すぎるほど、
周りのために生きてきた。
だから、これからは
自分の内側を潤すために、
生きてもいいんだよ。







