30歳の頃、4年付き合っていた彼とお別れした。

周りは結婚ラッシュだったし、
もちろん将来を考えていたから、
相当な落ち込み方をした。


仕事があったから何とか前を向いたけれど、
ぼーっとしていたら涙が頬をつたうような闇っぷり。


今ほど心が柔軟じゃなかったし、
自分で自分を幸せにする力もなかったし、
自分へのダメ出しでいっぱいだった。



あの時はどうしたらいいか分からなくて。
どうにかなるなんて思えなかった。


でも、どうにかするしかなかった。

絶望の崖を転がり落ちながら、
それでも、生きるしかなかった。

 

 


当時付き合っている時に、
全部支払いをしてもらっていたから、
人生で“貯金”というものをしたことがなかった私の口座に、

ある程度お金が溜まっていて。


よし、これでやりたいことをやってみよう。

 

と、恐れを感じながら、
震えながら決断して今がある。



あの時の落ち込みっぷりは、
もう2度と体験したくないものだけれど。


あの時、


とことん落ち込んで、
自分に絶望して、
泣きまくったからこそ、
次の一歩を踏み出せた。


 

平気なふりとか、
ポジティブシンキングしたりとか、
自分を振り返らずに次の恋愛に走るとか。


上辺のハウツーやテクニックに

走らなくてよかったなと、

今なら思う。


恋愛も、
人生も、
仕事も、
お金も、

人間関係も。

不器用なまんまでいいんだよね。

 

 


あの時、
全力で悲しむことをしなかったら、
身体にいろんな感情が溜まって、
さらに硬い女と化していたと思う。

自分に絶望することを恐れて、
自分と向き合うことから逃げる人も多いけれど。


自分に絶望してみても、
自分は消えなかった。

むしろ、
ようやく身体が安心した。


 

言葉で聞いても分からないけれど、
一度体験してみると、
腑に落ちる。



失敗して、
恥をかいて、
負けて、
絶望して。


案外これが、
極甘繁栄のルールだったりする。

 

 

30歳でフラれるなんて、
人生詰んだ…と思ったけれど。

あの時の経験があるからこそ、
38歳の今、
何があっても大丈夫という、
謎の確信がある。

 

根拠はない。



だけれど、
私だから乗り越えられる。

何が起きても、
繁栄の糧にできてしまう。


そんな、
自分への信頼が半端なくある。



実は、
この自分への無条件の信頼感が、
どっしりとした存在感やオーラを生む。

 

 

現に、
28歳の頃の私より、
38歳の今の私のほうが、
生命力に満ちている。



変に年齢に抗うよりも、
アンチエイジングに必死になるよりも。

日々、
丁寧に自分と営み、
生命力を滲ませていくほうが、
よっぽど可愛さを増していく。




自分とまっすぐ向き合う姿勢。

30歳のタイミングで、
取り戻せて本当によかった。
 

 

 

もう2度と経験はしたくないけれど。


やっぱり今、
私をここまで誇れるのは、
あの時のおかげだから。

黒歴史になんてせずに、
感謝という光をあて続ける。



今も別のタイムラインに存在している、
あの時の私が、
立ち上がり続けられるように。

 

 

過去に感謝を送る姿勢。

 

案外これが、

今の自分へのエールとなる。