ビュルガー 編、新井皓士 訳、『ほらふき男爵の冒険』を読みました。
岩波文庫の赤です。












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今日の本のお供は、私が最近ハマっている飴ちゃんです。
みぞれ玉っていう飴なんですが。
色が可愛いし、素朴な味が美味しくって、この飴ばかり買ってます。

私は読書中にはキャンディを舐めてることが多いです。

以前はタバコを咥えていたんですけど、禁煙したので飴ちゃんに変えました。









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『ご存じほらふき男爵が語る奇想天外な冒険談。狩やいくさの話はもちろん、水陸の旅に、月旅行から地底旅行まで、男爵が吹きまくるご自慢の手柄話に、あなたもむつかしい顔はやめて、ひとときの間、耳を傾けられてはいかが?名匠ドレーの挿し絵百数十葉を収録。』
(カバー袖より)



ほらふき男爵が座談の席で皆に面白おかしく語った、荒唐無稽で奇妙奇天烈、奇想天外な冒険の数々を、男爵が語った通りを文字にして収めた…というていで書かれている本です。

ほらふき男爵は彼の談によれば。

勇猛果敢な軍人で、人並み外れた身体能力を持ち、誠実でありながらも実際的な判断をくだせる、スーパーヒーローです。
その先祖は遠く古のダヴィデとバテシバにつながる、由緒正しすぎる家柄の出でもあります。

男爵の大冒険は得意の狩の話、ペテルブルクでの軍務、トルコへの遠征。
さらに船で大海に乗り出し、インド、アフリカ、アメリカと大陸を巡って大活躍の快進撃、果ては月まで漕ぎ進み地球外の世界をも冒険します。

男爵の手にかかれば、大きなクマが襲ってきても、クマの口に火打石を一つ投げ込み、クマのお尻からもう一つ投げ込み、体の中で二つの石をぶつけて火花を飛ばさせ、クマを爆発させます。

一切れのベーコンをつけた縄をなげれば、カモたちはそれを口から飲み込み尻から放り出し、次々カモがベーコンを飲み込んでいくので、ついには一つの縄に数珠繋ぎになり。
そのカモたちに運ばれて、男爵は家まで空を飛んで帰って行きます。

そんなほらふき男爵の話を是非聞きたいものだと、今日も人々は男爵のもとに群れ集い、男爵の気が向いて冒険譚が語られるのを、今か今かと待ち望んでいるのです。








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本書、日本語タイトルが『ほらふき男爵の冒険』となっておりますが、ドイツ語原題は『Wunderbare Reisen zu Wasser und zu Lande, Feldzüge und lustige Abenteuer des Freiherrn von Münchhausen 』という長いものです。
これを日本語に直訳すると『ミュンヒハウゼン男爵の奇想天外な水路陸路の旅と遠征、愉快な冒険』となるそうですよ。

『ほらふき男爵』とは、原題の方に名前が出てきた『ミュンヒハウゼン男爵』のことなのです。




『ミュンヒハウゼン』という言葉を私が初めて聞いたのは、「ミュンヒハウゼン症候群(Wikipedia)」という精神疾患の名前としてでした。
この疾患は、周囲の同情をひくために、自分を傷つけたり仮病を演じたりする…というのが症状です。
まあどうやら、嘘ついて病気のふりしてみんなに優しくされたり励まされたりしたい、病的なレベルの「かまってちゃん」のことみたいですね。

『ほらふき男爵の冒険』は日本でも児童書としても出版されていて、知ってる人は子供の頃からミュンヒハウゼン男爵のことは知っておられるみたいですが。
私は残念ながら子供時代に触れたことはありませんでした。
ちょっともったいないですね、いかにも子供が好きそうな荒唐無稽な面白いお話なので、その頃に読んだら大ウケしたんじゃないかなー?と思うんですけど。

まあ、それはさておき。
ということで、私の場合はミュンヒハウゼン症候群の方を先に知って、元ネタの『ほらふき男爵』ことミュンヒハウゼン男爵を調べるうちに本書にたどり着いたのでした。

(ちなみに実際にミュンヒハウゼン男爵の物語を読んでみると、ミュンヒハウゼン症候群に男爵の名前を使ったのは、私はあまり適切でない気がしましたよ。
後ほど述べますが、物語の男爵は素敵な男性です。
同じ嘘をついて自分に注目を集めるにしろ、ミュンヒハウゼン症候群の患者と男爵では、心意気が違いすぎます。)




ミュンヒハウゼン男爵(Wikipedia)というのは、実際にかつて存在した人物です。
本書巻末の訳者解説によりますと。

ヒエロニュムス・カール・フリードリヒ・フォン・ミュンヒハウゼン男爵(1720〜1797)というのが、この男爵のフルネームです。
由緒ある家柄の貴族で、若い頃にはロシアの軍隊に所属し、そこからトルコ遠征にも参加したとのこと。
その後は領地にもどって、晩年まで40年ほどは悠々自適の生活をおくったそうです。
この領地時代には、彼は座談の名手、狩猟の名手として地方的名声も得て、領主として道楽の日々を過ごしましたが。
70歳を超えたころに老いらくの恋に陥り、17歳の尻軽娘と結婚してしまい、すぐさま彼女の浪費とスキャンダルに悩まされ。
その後は訴訟の挙句、財産をふんだくられての離婚となり、最後は困窮のうちに死に至ったらしいです。

ミュンヒハウゼン男爵の領地時代、彼の座談のおもしろさは世間で話題になっていたようで、『M-h-sの物語』という見る人が見ればこれはミュンヒハウゼン男爵のことを言っているとわかるようなタイトルの面白本がドイツで出版されました。

この本は、後にラスペという逃亡ドイツ人に、イギリスでタイトルを変えられて、面白話の本として出版されます。
ミュンヒハウゼン男爵の物語はイギリスでも人気を博しましたので、ラスペはさらに他から引っ張ってきたおもしろ話も加えて、男爵の物語を膨らませます。

その後で、本書の編者ビュルガーがこのイギリス版ミュンヒハウゼン男爵の本をドイツ語に訳して、いわば逆輸入の形で生まれ故郷のドイツに戻したのでした。
ラスペがイギリスで物語を肥大化させた様に、ビュルガーもまたイギリス版男爵の物語を単に訳しただけではなく。
いくつかの話を付け加え、また物語全体にもミュンヒハウゼン男爵の物語としての語り手と話の一体感を補い、その上に当時の社会風刺も付け加えて、ビュルガー版「ミュンヒハウゼン男爵」本を作り上げました。
(ちなみにこの風刺のせいで、生前にはビュルガーはこの『ほらふき男爵の冒険』の編者だということは明かせなかったようですよ。
悪口書いてるのが、みんなにバレちゃいますからね。)





さて、本書『ほらふき男爵の冒険』ですが。
どこまでが実在したミュンヒハウゼン男爵が本当に語ったお話なのか、わかりません。

『「ほらふき男爵」の素材の多くが、実は個人的創作というよりも、猟人や兵士、船員や釣り人などが、一杯機嫌でやる自慢話・大話に属する、いわば民間伝承の民族的遺産であり、民衆の共有財であるという点と、ミュンヒハウゼン男爵がとりわけこの種の話の名人であった事から、その代表名義人ないしは集合的表象をになう人物に擬せられたという点を、みのがさぬ事が肝要であると思われます』

これはたとえば日本でもよくありますよね。
旅する不思議な坊さんの話は、気がつけばなんでもかんでも弘法大師の逸話に集約されてしまったり、その坊さんが歌でも詠めばこんどは西行の逸話になったりするような、ちょっと面白いエピソードは人々の口から口へと伝わるうちにそれっぽい有名人の話として変化し、集合してしまう現象です。



『ほらふき男爵の冒険』中では、例えば、

『家来五人衆(快速男(あしじまん)、千里耳男(みみじまん)、鉄砲名人(てっぽうじまん)、強力男(ちからじまん)、風吹き男)の大活躍、ワインを賭けてサルタンをぎゃふんといわせる話』というタイトルのお話は、これはグリム童話の『6人の家来』あるいは『6人男、世界を股にかける』とほとんど同じ内容ですし。

『月旅行の話第二弾』や『チーズ島』はルキアノスの『本当の話』から。

その他、『男爵の先祖と投石機(いしなげ)の由来』は聖書のゴリアテとバテシバからエピソードを拝借してパロディ化させ、ミュンヒハウゼン男爵の出自にしていますし。
ついでに『大魚腹中国際』もヨナのパロディかな?

さらに『世界の真ん中をつっきった旅ならびにその他のめざましい冒険』では、シチリア島のエトナ火山に飛び込んだ男爵が、ローマ神話(ギリシャ神話)からヴルカーン神(ヘーパイストス)とヴィーナス(アフロディーテ)と親交を結びます。


私が読んでいて気づいただけでも、他所で読んだことのあるエピソードがこんなにあります。
その他にもきっとまだまだ元ネタがあったり、民間伝承と繋がりのある逸話が含まれているのでしょう。


しかし、ミュンヒハウゼン男爵が語ったにしろ、後から誰かが付け加えたにしろ、まあそんなことは楽しい読書タイムのためにはどうでもいいことです。
そういうことにこだわるのは研究者にまかせて、(とはいえ、こういったお話同士のつながりを探ることも面白くはありますが、)善男善女の読者は全てミュンヒハウゼン男爵が語っているということにして、ただ素直に楽しめばいいと思います。







私がミュンヒハウゼン男爵のエピソードの中で特に好きなのは、1度目の月世界旅行と、ミュンヒハウゼン男爵の父親の海底旅行のお話です。

本書中、ミュンヒハウゼン男爵は二回月に旅行します。
2回目の月旅行も船で月に向かったりして素敵なんですけどね、私は1度目が好みかなー。
投げ飛ばした銀の斧が飛び過ぎて月にまで行ってしまったので、それを拾ってくるために、男爵は月まで伸びる豆をまいて、そのつるをよじ登って月に行きます。
帰りは豆のつるは枯れてしまっていたので、縄を編んでそれで月から地球に降りてくるのですが。
縄が短すぎるので、足りなくなったら降りてきて用が済んだ部分の縄を切って、必要な下の部分に結んでつないでさらに降り、また縄が足りなくなったら切って結んで…無事に地上に帰ってきたのでした。
このぶら下げた縄を切ったり結んだりしてしまう、荒唐無稽な想像力が私は大好きです。



それから、男爵の父親の海底旅行。
これが面白いです。
男爵の父親が、海馬なる巨大なタツノオトシゴにまたがって、海底を駆けて海峡を越えるお話なんですけれど。
海の底の不思議で不気味な雰囲気はありつつも、貝のなる木や海老のなる木なんて面白いものがあったり、魚たちの家族の住居(ロマンティックな寝室まで!)があったり、すごい想像力ですよ。
当時は海底の様子なんてわかりませんものね、きっと昔の人は海底の世界に色んな想像を働かせていたんだろうなぁ。



他にも面白いエピソードはたくさんあります。
大魚に飲み込まれたり、大砲をかついで泳いだり、神々や宇宙人に出会ったり。
本当によくもまあ、こんなとんでもない話をたくさん、昔の人は考えついたものですね。







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本書、岩波文庫版『ほらふき男爵の冒険』で忘れていけないのは、ギュスターヴ・ドレ(Wikipedia)の挿絵です。

カバー袖の作品紹介にも書かれていましたが、100枚を超えるドレの挿絵がこの文庫本には収録されています。

ですから、この本、ほとんどのページに挿絵がありまして、ちょっとした絵本みたいな感じです。

ドレの絵は本当に素敵です。










これはドレによる、ミュンヒハウゼン男爵の姿です。











一本の縄でたくさんのカモを釣った時の挿絵です。











これなんて、素敵ですよね。
うっとり見入っちゃいますよ。

男爵達が船で月に漕ぎ進んでいる場面の挿絵です。









ドレの緻密で美麗な挿絵を楽しめるのも、物語の内容にも劣らない本書の魅力です。








さらに、本書ではドレの挿絵が採用されていますが。
実は他にもたくさんの画家がミュンヒハウゼンの挿絵を描いていまして。
その挿絵画家たちの中には私の大好きなA.クビーン(Wikipedia)もはいっていました。

とても幻想的で、悪夢のようなちょっと怖い絵を描いた人です。
たとえば、こんな風な。




(画像はWikipediaより引用)

クビーンの挿絵の『ミュンヒハウゼン男爵』も日本で出版されたらいいのになー。

ネットで検索すれば何点かクビーンのミュンヒハウゼンも見ることはできましたけれど。
やはり、これは挿絵だけに、紙に印刷されたものを見てみたいですね。









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ところで、このミュンヒハウゼン男爵の物語はクリエイター達の想像力や創造力を、やたらと刺激してしまうようで。
今までに何度も映画化されております。

古いものでは、




私の大好きな映画監督ジョルジュ・メリエス(Wikipedia)の1911年の無声映画『ミュンヒハウゼン 男爵の幻覚(Les Hallucinations Du Baron De Munchhausen)』というものがあります。

これはメリエスのレトロなトリック映像がとても素敵な作品ですが。
日本語タイトルに『幻覚』とありますように、この作品では男爵の冒険を事実ではなく、男爵が酔っ払って眠りこけて見た奇妙奇天烈な夢ということにしてしまってます。
こうなると、なんだか男爵が情けない人物になっちゃいますし、哀れにすら見えてきちゃいます。

やはりミュンヒハウゼン男爵には、澄ました顔で大ボラを吹いて周りの人達を煙に巻く、ダンディーでノーブルな男爵であってほしいと私は思うのです。
ですから、このメリエスの映画は男爵の人物像がいただけない。





しかし、これまた古い映画ですが『ほら男爵の冒険(Münchhausen)』というドイツ映画では、男爵はイメージ通りの素敵なおじさまとして描かれております。





きらびやかな衣装の男爵、とても素敵でしょう?
ついでに、男爵の相手の貴婦人はエカチェリーナ2世です。
すごいキュートですよねー、あの女傑をこんなにキュートに描いてしまうというのも、意外な感じですが。


この映画は、1943年に公開されたナチスドイツ時代のドイツ映画です。
ドイツでは3番目に作られた長編カラー映画だそうですよ、ゲッベルス直々の指令で作られたそうです。

脚本は有名な作家のケストナーです。
ただし当時彼は執筆禁止処分を受けていたので、ベルトルト・ビュルガー(本書の編者の名前です、ビュルガー!)という偽名で書いたそうです。

この映画、英語字幕版で私は見ましたが、なかなか面白かったですよ。
ナチスドイツ時代の映画といっても、特にナチスのプロパガンダは見当たらないですし、ただのエンターテイメント映画です。

男爵は余裕のある大人の男って感じの描かれ方で素敵でしたし。
登場人物の衣装はどれもきらびやかで素敵だし、ロシアの宮殿の様子なんかも豪華で素敵でした。
原作には登場しないカリオストロやカサノヴァが出てくるところも面白かったし、男爵の美女達とのロマンスもうっとりします、とっても素敵。
トルコの宮殿の中の様子も良かったです、美女であふれかえるハーレムも素敵でした。

…あらやだ私ったら。素敵、素敵ばっかり繰り返して言ってますね(笑)
美術と衣装がね、とにかくどーも乙女心をくすぐるような感じでして。
カラフルでパステルでキラキラでヒラヒラでフリフリで…
ついミーハーに「素敵♪」の連発になっちゃう様子だったのです。






他にもミュンヒハウゼン男爵の映画は沢山あります。
近いところでは1988年にスペインで『バロン(The Adventures of Baron Munchausen)』という映画がとられております。




こちらは私、未視聴です。
面白そうだから、これもそのうち見たいなー。









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ところで、荒唐無稽なホラ話というのは、世界各国どこでも人気のようでありまして。
我らが日本にも古くから伝わるホラ話はたくさんあるんです。

有名なのは、落語でしょう。
『弥次郎』、『鉄砲勇介』、『嘘つき村』あたりはそのものズバリ、大ボラふきの男の人のお話を楽しもうという趣向の落語です。










これはとっても面白い落語なので、お時間あるお方はぜひ聞いてみてくださいね。
上の『弥次郎』は三遊亭金馬の江戸落語。
下の『鉄砲勇介』は桂米朝の上方落語。
話術の東西を比べてみるのも、なかなか楽しいですよ。

『ほらふき男爵の冒険』もこのような落語と同じく、嘘を嘘と知って楽しむ話芸からスタートしたものなのでしょう。
ミュンヒハウゼン男爵は西洋版の噺家さんみたいなものだったのだと思います。身分は随分と高貴ですけどね。







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ということで。

今日はミュンヒハウゼン男爵のお話、『ほらふき男爵の冒険』という本のご紹介でした。












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