中村うさぎ 著、『狂人失格』を読みました。
太田出版のハードカバーです。










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今日の本のお供も、エリーちゃんズです。
夏らしく浴衣を着てもらいました。

本のデザインが明るく華やかなので、並んだエリーちゃんの衣装も引き立ちますねぇ。









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中村うさぎの本は、今回が初読みです。
有名な方ですからお名前はずっと以前から知っておりましたし、その姿をテレビでも拝見いたしておりましたが。
買い物依存、ホスト通い、美容整形など、派手な話題の多い方ですから、なんとなく、その著書も自分の経験をセンセーショナルに面白おかしく書きたてただけのものなのだろう…なんて勝手に私は思い込んでおりまして。
これまでは、特に読みたいとは思わなかったのです。
どちらかというと、物書きさんというよりはタレントさんだと思っておりました。
整形した後には、うっとり見とれてしまうような、とんでもないハイクラスの美人になっちゃいましたしね。

それが、どうして急にこの本を読もうと思ったかというと。
タイトルの「狂人」に興味がわいたからです。
一体どんな人のことなのかしら?と。
最近、そういうのがマイブームなんです。






本書は、中村うさぎに起こった…というか、中村うさぎが起こした事件に沿って、本人が自分自身を含む登場人物達の心情に深い考察を加えて書いたノンフィクション・エッセイです。
(ただし、人物名や団体名は仮名だったり、伏せられていたりしますよ。)


さてその事件というのは。

中村うさぎはある日、ネット上に面白い人物がいるとの情報を得ます。
その人物の名は優花ひらり。
ひらりについて皆が語る内容は強烈なことばかりです。

『優花ひらりは、自らを「京大のマドンナ」と呼ぶ小説家志望の三十路女で、過去に一冊だけ自費出版で出した本を錦の御旗のごとく掲げ、「自分には才能がある。いつか絶対に有名小説家になってみせる」と、ネットで息巻いているんだそうな。』

『自分のことを絶世の美人だと言い張って、京大のマドンナと呼ばれてたなんて自称してるけど、これまた、ただのデブスなの』

『勘違いの上に、デンパ。とにかく、狂ってるんですよ』

『2ちゃんねるにも彼女のスレが立ってて、ウォッチャーがいるの』

中村うさぎは教えてもらった優花ひらりのホームページや、2ちゃんねるのスレッドを見てみます。
すると、そこには、とんでもない不思議な世界が広がっていました。

優香ひらりのウォッチャー達は、凄い勢いでひらりを罵倒していますが、彼らにどれだけ罵倒されてもひらりは全くこたえていません。
なんだか、やりとりを見ていると、罵倒している方がかえってひらりに弄ばれてるようにすら見える始末です。

真正面からの罵倒は、「嫉妬しないで」の一言で捨てられる。
皮肉を言えばそのまま受け取られて、「ありがとう」と帰ってくる。
どうも、ひらりにとっては、わーわー騒ぎ罵倒するウォッチャー達は全員熱烈な自分のファンにしか見えていない模様。

しかし、それはある意味で正しいのです。
バカにしてたって、ひらりに食らいついて観察している人たちは、アンチという名の熱烈なファンですから。
…当のひらりは、アンチ、とは受け取っていませんけれど。

さて後日、この優花ひらりの話を中村うさぎが出版業界の人達と面白おかしく話していた時のこと。
その場にいた一人の女性作家が『優香ひらりが作家になれるんなら、私はウィーンの社交界でデビューしてみせる』と言ったのを中村うさぎは聞いてしまいました。
そこに作家の優越感丸出しの醜い姿を見た…と思った中村うさぎは、その姿を鏡として自分自身の醜さも見てしまいます。

優花ひらりは作家になりたくてたまらないのです。
そのひらりを見ていると、
『私の持っている物を、欲しがって羨ましがって悶々としている女がいる……その光景は、とてつもない快感を私に与えてくれたさ。』
ナルシシズムをくすぐられるわけです。
しかしそれを、中村うさぎは恥と思っています。
『単に人々に注目されたいという「自己顕示欲」よりも、特定の他者を嘲笑することで己の優越を確認したいという、この無批判な自己賛美に基づいた「自己誇示欲」のほうが、数百倍気持ちいいことを、私は知っている。だからこそ、そう、その快感のタチの悪さゆえにこそ、私はその欲望を恥じるのだ。』

女性作家のあの言葉は、そういうわけで、中村うさぎの『地雷』でした。
自己誇示欲を恥じる様子もなく悦に入ってひらりをバカにしている女性作家は、我知らずその地雷を踏んでしまっていたのです。

そして、中村うさぎは、あの女性作家の鼻をへし折ってやるため、
『どんな手を使おうと、優花ひらりを、作家デビューさせてみせる!』という意気込みに燃えてしまったのでした…


その後、中村うさぎは実際にひらりにコンタクトを取り、共著本の出版を提案します。
が、予想の斜め上を行くひらりの狂人ぶりに振り回され、結局、共著本の計画はダメになるし、出版社にも迷惑をかけ、さんざんなことで中村うさぎの企みは失敗に終わってしまうことになるのですが。

この騒動を面白おかしく描きながら、中村うさぎは、登場人物の欲望を分析し考察し、他人を観察することで自分自身の中にもありつつ、自分では気づけない人間性をも探っていきます。
これがなかなか鋭く納得のいく考察で、しかもとっても深いんです。
普通の人なら、ただの変人にここまで食らいついて分析するなんて、めんどくさくてできないと思います…あるいは、この狂人とマトモな自分とは関係がないと、はなから問題にすらしないんじゃないでしょうかね。

そこをガンガン攻めていくのは、やはり作家さんだなぁと思いました。
人間というものへの、つまりは自分自身への、好奇心が人並みではないですね。

そして、その素晴らしい考察は、やがて神々に例えられて神話の域にまで持ち込まれます。
中村うさぎは、優花ひらりをプリミティブな女神に例えてみたりして、非常に壮大な(あるいは過大な?)表現で考察の結果を書き出してくれます。
そして、それがまた、うまいんです。
つい、ほーっと、夢中で読み込んでしまいます、なんかもうこれ、叙事詩みたいですよ。

よく考えてみたらそれもそのはずで、もともと中村うさぎはライトノベルのファンタジー作家ですから。
神々の世界を描くのはお手のものですね。
(中村うさぎの『ゴクドーくん漫遊記』のシリーズは、かなり評価が高いライトノベルの古典なので、いつかは読んでみたいと私、思ってたんですけど。
本書を読んで、その思いが強くなりました。
絶対面白い気がします。)



ところで、この本に出てくる狂人、優花ひらりにはモデルがいます。
その人はちょっとネット検索すると出てきます。
今でもネット上で活動している方です。

あまり趣味のいい話ではないかもしれまんが、私、優花ひらりのモデルが気になってしょうがなくなってしまって…あまりにも強烈な人ですから。
ちょっと本書を読むのをストップして、先にモデル本人のブログを見てきました。
そしたら、本書の通り、とても不思議な世界を繰り広げている方でしたよ。
すこし、彼女の書いたブログを読んでいて、すぐに私が思いついたのは、「この人には「他者」がなさそうだな」ということでした。
他者がないから、他人の言動は彼女にとってすべてただの現象でしかないんじゃないかな?と、思いました。
だから、アンチファンたちの罵倒も届かないのではなかろうか、一人で幸せな妄想の世界に居られるのではないだろうか?と。

そんなことを考えつつ、また本書に戻って(モデルを見たことで優花ひらりのイメージが固まったこともあり)読書を楽しんでいると。
中村うさぎも、私と同じような考察結果を出していました。
優花ひらりには他者がない、他者が無いから自己も存在しない、と。
そして、
『「他者」の不在ゆえに「自己」という概念から解き放たれている優花ひらりは、「蝶」だろうと「星」だろうと「神」だろうと、なんにでもなれるのである。自由に、思いのままに。
ただし、「他者」の存在しない唯我独尊の脳内世界でだけ。』
と、結論します。

そしてさらに、この優花ひらりの考察結果を元にして、中村うさぎは自分自身に対して深い分析を施します。
その様子は、ぜひ、『狂人失格』で読んでみてください。
素晴らしいですよ。





一応、この本は、実際に起こった事件に沿ってのノンフィクションとエッセイ、あるいは顛末記…ってものだと思うのですが。
この本、どちらかというと、私小説に近いような気がします。
というか、私小説として読むべき本なんではないかと思います。
だってこの本に表されているのは、中村うさぎの『告白』なのです。

優花ひらりや、ひらりを馬鹿にした女性作家の分析は確かに鋭いし、なかなか的を射ている印象は受けます。
けれども、その見方はあくまで中村うさぎというフィルターを通したものでしかなく、中村うさぎの勘違いや思い込みも多いでしょう。
「中村うさぎ」という限界をもって見つめた「他者」の、もっと言ってしまえば、世界の記録です。
それはつまり、彼女が自分自身の目で、自分を見つめ世界を見つめ問い質したものであり、自己言及という戦いの記録です。


そして、実はこんなことをしているのは、作家中村うさぎだけではないでしょう。
私たちは皆、いつだって答えを渇望しているんです。

「私は何者なのか?」

だから、中村うさぎの本は売れるんですね。
この本を読んで、納得がいきました。







ところで、本書には、なんとページ外、現実世界でさらなるオチがついておりまして。
この優花ひらりのモデルの方に、この本のせいで、中村うさぎと出版社は裁判を起こされております。
『デブス』なんて表現がありましたし、ちょっと調べればすぐに誰がモデルかわかりますから、まあ名誉毀損は仕方ないところですけど。

でも、このひらりのモデルの方、裁判に訴えている割には、この本を利用して自分を宣伝していたり、面白い行動をしてらっしゃいます…不思議な人です。

そして、裁判所からは、中村うさぎおよび出版社側に賠償金の支払い命令が出たそうです。










今までただのセンセーショナルなだけの本だと思い込んで、中村うさぎの本を読まないで、ちょっと損した気持ちになりました。
本書『狂人失格』は、とても面白かったです。

同著者の他の本も読んでみたいと思いましたよ。

あ、そうそう。
中村うさぎの本はこの一冊しかまだ読んでませんが。
代わりと言ってはなんですが、優花ひらりのモデルの方の自己出版の本が一部、ホームページで無料で読めるようになっていたので、私、読んでしまいました…

それは、少女漫画的でメルヘンで、幼女向けアニメのようで…なのにいきなり主人公の女の子が悪態をついたりしてしまうという…かなりシュールな作品でした。
ぶっちゃけ、(ナンセンス好きの)私は、結構面白かったです。
なんといいますか、正統派乙女チックな世界の、グロテスクなデフォルメといった風で、それはそれで魅惑的な世界でしたよ。
例えるなら、長尾謙一郎の漫画の『おしゃれ手帳』から醜い登場人物を取っ払っちゃった世界って感じですかね…




























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亡くなった父方の祖父の残した、戦友会の人からの手紙の内容を思い出します。
手紙の中には戦中の様子が書かれており、そして、そんなこともあったのによく今生きているものだと思う、と結ばれていました。

内容はかなり酷いものでしたよ。

生きている時に、祖父は戦争の話はほとんどしませんでした。
ですから、亡くなった後でその手紙を読んで、おじいちゃんも大変な目にあっていたんだなぁと、具体的に知りました。


昔の男の人の亭主関白って、嫌いだったんですけど。
なんか、手紙を読んでからは、それも仕方ないかもなぁと思いました。
あんな目にあってきたんじゃね、そりゃ国に残ってた家族に威張っても、仕方ないかもしれないなぁと。

…と書くと、まるで我が家では、祖父だけが亭主関白で威張っていたみたいですが。
実際は祖母も大変気の強い女の人だったので、大げんかばかりしてましたよ。
でも、喧嘩ばかりするくせに、いつも一緒にいました。どこにでも二人で行ってました。
だから、余計に喧嘩していました。

そして、二人とも、孫の私達にはとても優しいおじいちゃんとおばあちゃんでした。
懐かしいですねぇ。