皆川博子 著、『みだら英泉』を読みました。
新潮文庫です。












***











今回の本のお供は、高知県のゆるキャラ、カツオ人間です。
切り取られたカツオの頭に人間のボディがついています。
褌がとてもお似合いです。

ゆるキャラは、なんかちょっとキモいのが好きです。










***












皆川博子は、耽美、退廃、官能の、幻想文学の作家です。



私は、いくつになっても夢見がちな乙女の心を持つ人間なので、幻想文学は大好きです。
しかし、大好き…だからこそ、自然、審査は厳しくなってしまいます。

特に、耽美だとか退廃的だとか官能的だとか、そういった言葉が踊るような小説には、かなり手厳しくなります。

ちなみに、女性作家のものについては、私はなおさら、厳しくなります。
女性にありがちな自己愛が強すぎるものとか、ジメジメとした執着心とか、そういう鬱陶しいものが、文学作品としてきっちり昇華されていないと、読んでいてうんざりしてしまうのです。
逃げ出したくなります。



幻想文学において、作家の想像力が重要なのはまあ当然なんですが。
その想像力がしょうもないレベルのものだったりすると、本当にげんなりします。
また、幻想世界を描写する上で、書き手の自己愛を切り離せないままに自慰行為のようにして書き散らされた、人に読ませられるレベルとは言えないような文章を読んだりすると、「こんなもの人様に見せて、この人は生きてて恥ずかしくないのだろうか?」と、見下してしまうほどであります。

耽美、退廃、官能の幻想小説を書くならば。
作家の審美眼が重要なのは、もちろんのこと。
それにプラスして、その美を表現できるだけの筆力が絶対に必要です。




本書『みだら英泉』の著者、皆川博子は幻想文学の書き手として、十分な力を持っている方だと思います。

彼女の筆で表される世界は、うっとりと心を持っていかれるような、濃厚な耽美の世界です。
女学生の妄想のような、稚拙さはありません。

掘建て小屋のような突けば崩れるような浅はかな幻想世界ではなく、礎からしっかりと築き上げられた城郭です。
城の地盤とでもいうべき、作家の知識量も、堅固な城郭を支えきれるだけのものを誇っています。

それから、なんといっても、筆力がすごいです。
重厚で濃密な文章を書かれます。
その文章の印象は、もはや峻厳といっても良いくらいだと思います。

皆川博子は、私が安心して読める、現代の幻想小説作家の一人です。








さて、本書『みだら英泉』ですが。

渓斎英泉(wikipedia)という江戸時代後期、文化文政年間のころに実在した浮世絵師が主人公です。
英泉を中心に、英泉の3人の妹たちや、そのほか、葛飾北斎、北斎の娘お栄、戯作者の為永春水、歌川豊国一門の人々…などなどが登場します。


この小説の主人公、渓斎英泉の絵が、私は好きです。
英泉の美人画や枕絵などに描かれた女の人の表情がいいんですよねぇ。

英泉の描く美人は、ただの綺麗なお姫様って感じではなくて、意志の強そうな顔をしているんです。

自分の力では何もできない、ただ綺麗なだけのなよなよしたお姫様…も、それはそれで魅力があるのはわかりますけれど。

私の好みとしては、やはり、ちゃんと自分の意志を持ち、それぞれの社会の中で自分で生き抜いていける強さを持った女性、が良いですね。
ちょっとした不幸で自死してしまうような純粋培養のお姫様よりは、たとえ苦界に身を落としても自分という存在への誇りを失わない逞しい女の人の方が私には魅力的です。



それはさておき。
この本の主人公、渓斎英泉という浮世絵師の人生は、なんといいますか、一言で言うと、ロックです。

下級武士の子として生まれ、最初は狩野派に弟子入りして絵を学び、一旦は武士らしく仕官するもののすぐに職を追われて浪人となり、今度は狂言作者に弟子入りし。
その後、父と継母を亡くして若い身空で妹三人の面倒を見なくてはならなくなり、狂言作者の見習いでは食っていけないので、浮世絵師に転身し、菊川派の菊川英山の門人となります。

このころ、葛飾北斎宅へも出入りしていたようです。
艶本や枕絵もバンバン描いています。
ベロ藍と言われる青い顔料を始めて浮世絵に使ったのも、英泉です。
ついには、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』の挿し絵を描いたりもするような売れっ子絵師になります。
美人画だけではなくて、歌川広重と合作して名所絵なんかも描いています。

英泉は浮世絵師として名を成した後も、遊女屋の経営をしてみたり、白粉を売ってみたり、色々なことに手を出しています。
天保の改革によって、なんだか娯楽に厳しい世の中になった後には、浮世絵ではなく、文筆業に力を注いだようです。

酒と女を愛し、遊郭に深く関わり、沢山の美を生み出した生涯だったようですね。
なんともロックな生き様です。




しかし、渓斎英泉に限らず。
江戸時代後期の町人文化をリードした浮世絵師やら戯作者やらは、みんな生き様がひたすらロックなんですよねぇ。
誰の生涯を追ってみても、面白いです。








本書では、渓斎英泉の生き様に好意を持ち、あるいは惚れてしまい、彼の周りに集った人々が、渓斎英泉の目を通して描かれており。
また、タイプの異なる三人の英泉の姉妹…「女」から見た英泉の姿も、描かれています。

英泉とその妹お津賀の二人の一人称語りが、交互に物語を進めていきます。

史実にそって英泉周りの出来事を連ねつつ、作家の想像力で英泉本人と彼を取り巻く人々の想いや事件を物語にして、渓斎英泉のロックな生き様を一つの作品に仕立て上げています。

渓斎英泉は、天才葛飾北斎とお栄親娘に圧倒され。
歌川豊国一門の隆盛に焦り。
それでも、自分だけが見抜いた「女」の原型を描くために、酒と女に溺れ、色町の深い場所まで冒険し、妹たちを踏みつけながらも、すさまじい執念で自分の画境を目指します。

さらに、この小説はただのちょっと色付けされただけの伝記的な小説としては終わらず。
大いなる才能を抱えたカリスマ英泉に執着する人々の織りなす愛憎劇がミステリ仕立てになってもいまして、小説の各所に散りばめられた伏線を回収しながら、小説の最後まで謎は続いていきます。

小説の味付けとして、江戸時代の地口やら、変化朝顔などの江戸の流行り物が沢山取り入れられており、読者を江戸の世界に導いてくれます。

著作権などない時代の、創作者や版元たちの、(現代の我々から見ると)いい加減な出版事情なども、この小説を読むとよくわかって興味深いです。



とにかく、読ませてくれる小説です。








ちなみに、本書は、皆川博子の作品としては、かなりアッサリとしている印象です。
あまり長い小説でもありませんしね。

私は皆川博子の作品はヨーロッパを舞台にした長編ものしかこれまで読んだことがなくて、日本を舞台にしたものは、本書が初めてでした。

何作か、この本の他にも日本を舞台にしたものがあるようですので。
また、読んでみようと思います。

実は最近、文化文政年間がマイブームな私なのです。















***












このブログ内の読書感想文の記事をまとめたインデックスページです↓





過去記事へのコメント等も歓迎しております。
よろしくお願いいたします。






























***












スマホゲームの『どうぶつの森 ポケットキャンプ』やってます。



今日からお洋服がクラフトできるようになりましたねー!
私は早速、「うさぎのかぶりもの」をクラフトしてます。

次は「ゲイシャさん」のカツラを作ろうかなー?

このゲーム、私の一番の楽しみは、着せ替えなので。
お洋服が増えるのは嬉しいです♪












***












都バス、乗ったことある?

▼本日限定!ブログスタンプ

あなたもスタンプをGETしよう



都バスは、私、中野新町に住んでいたことがありまして、その頃はたまに使っておりましたよ。

でも、バスよりは電車の方が好みですね。
満員のバスの中で立っているのって、大変じゃないですか?
バランスを取るのが…私が鈍臭すぎるだけかな?

すごく疲れちゃうので、電車の方が好きでしたよ。