カズオ・イシグロ 著、土屋政雄 訳、『忘れられた巨人』を読みました。
原題は『The Buried Giant』、早川書房のハードカバーです。











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今回の本のお供も、私の恋人にプレゼントされた指輪を持った、エリーちゃんです。

この本も、実は大好きなカレピからのプレゼントなのです♡











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物語の舞台は五世紀末頃から六世紀あたりのイングランドです。
ただし、それは私達の住む世界の過去とは違います。
アーサー王が没したすぐ後の世界で、アーサー王伝説の世界にそのまま続く世界です。
竜や妖精の出てくる世界なのです。

物語の主人公はブリトン人の老夫婦、アクセルとベアトリス、です。
ブリトン人というのは、アーサー王の時代のイングランドの先住民族です。

この物語の世界には。
先住民のブリトン人と、侵入者のサクソン人という、二つの民族が出てきます。

二つの民族はかつては敵対しておりましたが、アーサー王によってすでにサクソン人は撃退されました。
ブリトン人とサクソン人との間では、争いは終焉し、和平が実現しています。
仲良く二つの民族がイングランドで共存しています。
人間達の社会は平和です。

しかし、人間達同士の間には平和があっても、イングランドには鬼(オーガ)やら竜やらの危険なモンスターが跋扈しておりますし、当時は農耕技術も牧畜技術も土木技術も、それに医療だってまだまだ未熟な段階で、生活は常に危険と隣り合わせです。

そんな中で、ブリトン人達は土中に掘られたウサギの巣穴のような「村」に、身を寄せ合って生きています。
主人公のアクセルとベアトリス老夫婦も、そんな村の一つに住んでいるのですが、どうにも彼等は(少なくともベアトリスにとっては我慢できないほどの)不当な扱いを受けている様子。

それにこの村では、なんだか不思議な現象が起こっています。
皆が、何もかも忘れ去ってしまうのです。
遠い昔のことだけではなく、つい最近起こったことまで忘れてしまい、思い出せない。

その不思議な現象に、アクセルは気づいています。

ベアトリスは、近くの村に住んでいる息子の元に向かいたがります。
息子さえいれば、この村で受けているような不当な扱いを老夫婦が受けることもないだろう。
息子だって私達に会いたがっているはずだ。

二人は、曖昧な記憶を頼りに、息子に会うため、旅に出ます。

老夫婦はやがて、サクソン人の少年、サクソン人の戦士、まだ生きているアーサー王の甥である老騎士ガウェイン卿らと道を同じくし。
息子を探す旅は、二人の記憶を取り戻すための旅になっていきます。










…本書は、とても面白い物語です。
まだ読んだことの無い人にはネタバレしたくありませんし。
すでに読んだ方には、あらすじは必要ないでしょう。

これ以上詳しい話は、書かないでおこうと思います。












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さて、私の、本書への感想なのですが。
まず最初に、これから本書を読む方への、私からのアドバイスが一つあります。

本書のお話の舞台は、アーサー王伝説に続く世界です。
アーサー王の円卓の騎士の一人でもある、ガウェイン卿も出てきますし、登場人物の会話の中にはマーリンの名前も出てきたりします。

ですけど、この本を読むにあたっては、アーサー王伝説についてはあまり深く考えない方が良さそうです。
私は最初、変に深読みして、アクセルとベアトリスを、もしやランスロットとかグィネヴィアとかだったりするのかしらと、無駄な先入観をもって読んでしまったのですが。
途中で気づきましたよ、こりゃ全然、関係ないなと。

もしもこれから本書を読む方がいらっしゃいますなら、これは私からのアドバイスです。
アーサー王伝説のことは忘れて読みましょう。







私にとって、本書は、初めて読むカズオ・イシグロ作品でした。
ノーベル賞受賞作家の作品ということで、読み始める時には、「きっと難解なのだろうな」と、気合いを入れて取り掛かりましたが。

実は本書、拍子抜けするほどに、わかりやすい作品でした。
テーマは、一読してすぐにつかむことができます。
憎しみと忘却、でしょうね。
それも個人レベルのものから民族レベルのものまで含めたお話です。

サクソン人とブリトン人は、憎しみを忘れていたからこそ、平和が維持できていました。
アクセルとベアトリスも、お互いを傷つけ傷つけられた過去を忘れていたからこそ、二人の間の愛を確信していられました。

憎しみを乗り越える…言葉にすれば、それはそれは綺麗な響きの素敵な言葉ですけれど。
実際問題、それってとても難しいことです。

憎しみを捨てて相手を許すには、かなりの自制心が必要ですし。
そこを乗り越えて、許したい許すべきだと頭では思えても、感情が付いてきてくれないことだってあります。
そんな状態で過ごしていても、何かのきっかけで抑えていた憎しみが吹き出してしまったら、止まらなくなることだってあるでしょう。

(本書でも、アクセルとベアトリスが旅に出るきっかけの一つとなったのは、ベアトリスの村人達の自分達の扱いへの不満でした。
不満がきっかけとなり、記憶を取り戻す旅に出ることになり、忘れられた巨人を掘り起こす道連れのメンバーになったのです。
不満をきっかけに、隠されていた憎しみが表に噴出することになる…これもまた本書に散りばめられた現実の世界の写し絵の一つだと思います。)

憎しみを乗り越えて相手を本当に許すということが、絶対に無理とは言いませんけれど…例えば個人レベルでは可能だとしても、これが民族レベルになると、個人の想いなんて吹っ飛んでしまいますからね。
色んな思惑から、わざわざ人々の憎しみを煽り立てようとしてくる人や権力だってありますしね。

どうにもならないなら、この際忘れてしまえ!というのは、悪いことではないと、私は思いますよ。
それは、私が、平和こそを一番の価値あるものと認めているから、ですけれど。

もしも、忘れるか、忘れないか、選べるならば。
大切な自分達の記憶を捨てても平和を取るべきだと思うか、平和を諦めてでも自分たちの記憶に誇りを持って争いをとるか。
どちらがいいかは、人それぞれなんでしょうね。
何を信じているかに、寄るのでしょう。

ちなみに、先程、私は平和こそを一番の価値と認めると、言いましたけど。
それはただの今現在の自分の心境でしかありません。
たとえば身近な問題として、自分はともかく、自分の大切な家族を誰かに傷つけられたなら…正直、自分はどちらを取るか、わかりません。
記憶を捨てて私の大切な者を傷つけた人と平和に暮らすより、記憶に固執し復讐という選択を選ぶ可能性も大いにあります。
それによって復讐の連鎖が起きるとわかっていたって、その地獄に喜んで飛び込んでいくかもしれません。

…こうやって考えると、問答無用で忘れさせられた方が良いのだろうなーと、いう気がします。
もー、どうしようもないですものね、憎いものは憎いのです。
憎みたくなくたって、憎んでしまうのです。
心というものは、いつでも自分の好きなように操れるものではないのですから。

それに、憎しみと親愛って、相対するもののように考えしまいがちですけど。
これって一つの心の中に、両立し得るものだと思います。
別々の感情として、同時に自分の中に存在し得るものなんじゃないでしょうか。
相手を憎む自分と、相手を愛する自分と、二つの自分が自己の中にあってもおかしくはないでしょう。
どれだけ相手への愛が増えていこうと、その増加によって憎しみが減少するかというと…そういうものでもない気がするのです。
親愛の情が憎しみの目くらましをしてくれることはあると思いますが、憎しみを消し去ることは無いのではないかな。
憎しみは、密やかに存在し続けるのではないかな。
それならば、一体どんな方法で、憎しみを克服しろというのでしょうか。できるのでしょうか、そんなこと。

自己というものは、確固とした一つの塊というよりは、沢山の自分の寄り集まりのようなものなんじゃないでしょうか。
沢山の自分がせめぎ合っている結果として、自己が現れているのじゃないかなぁ。
そうなると、環境や状況によって、ある一つの自分が優位を占めた自己が表れたりすることもあるのじゃないかな。
…環境や状況というのは、外部の話だけではなくて。肉体として囚われた部分からくるものも含めてです。
食べたものや、睡眠時間や、疲労具合や、ホルモンバランスや、そんなことも含めてです。
そんな流動するような自己の中に存在する憎しみを、どう扱うべきなのか。
もう、こうなったら憎しみの解消なんて考えるより、忘れてしまうのが、一番な気がします。









…と、ここまで筆に任せて、益体も無い私の想いを吐き出してしまいましたが。


きっと誰でも、こういうことを考えさせられる小説なんです、この『忘れられた巨人』は。



物語は作り込まれた極上のファンタジーで、とても面白くて没頭してしまう。
なんだかよくわからない序盤あたりで張り巡らされた伏線が、終わりに近づくに連れて徐々に集約し謎が解けていく、全体の構成も素晴らしいです。

この本は四部じたてで構成されておりまして、私は第二部までは、「なんだかカフカっぽいような、何が言いたいのかはっきりしないけど、でもかっこよくて惹きつけられちゃう、寓話みたいな曖昧な雰囲気のお話で終わるのかなー」、などと呑気に思いつつページをめくっておりましたが。
それが第三部に突入してからは、その予想の思いっきり外れたしっかりとした展開で、先が気になって仕方がなくて、一気読みしてしまいましたよ。

全体を構成する部分部分をとってみても、絵画的で静かな印象的なシーンがあったり、映画のようにこちらに迫ってくるような緊迫したシーンがあったり、この物語の世界を作り上げた想像力もすごいし、それを文章に落とし込んだ筆の力は偉大です。


その上で、なおかつ、テーマが掴みやすい。
この作品、子供が読んだって、何が問題提起されているのか、そしてその問題がどうして提起されるべき問題となるのか、簡単にわかると思います。
しかも、その例がファンタジー世界の民族対立を使って具体的な形で現れている、我々の現実世界のわかりやすいメタファーになっています。

登場人物の遍歴を追う面白い物語のファンタジー世界に没頭させられた読者は、まるで自分の身に迫る問題として、テーマをぶつけられます。
誰でも、深く考えさせられて、しまいます。





面白い本です。












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過去記事も、どうぞ。



























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スマホゲームの『どうぶつの森 ポケットキャンプ』やってます。



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はーい!
私はヘビースモーカーです!

タバコは大好きなので、法律で取り締まられるか、健康上の理由でドクターストップをかけられるか、そんなことでもない限りは吸い続けるつもりです。

が、最近、タバコ税上がりすぎて…一箱の値段が高くなりすぎちゃってるので、節煙はしようと思います。


ちなみに、葉巻も好きですよ!
太い葉巻は吸いにくいので、あまり嗜みませんが。
シガリロなどの細い葉巻は、たまに楽しんでいます。