藤野可織 著、『爪と目』を読みました。
新潮社のハードカバーです。
第149回の芥川賞受賞作だそうです。帯に書いてあります。
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本の上に乗っけたブローチは、今回も私の手作りです。
バラの巻きつくハートと、小鳥の憩うサークル。
両方とも、ダイソーさんで買った刺繍糸を使って編みました。
編み物の本を参照して編みましたよ。
…自分的には、これ、実は失敗作なんですよね。
ワイヤーに細編みをするのが初めてで、なんだかゆるゆるな編み目になってしまって。
まぁ、でも、遠目に見ればわからないかな?
気にくわない場所はありつつも、出来上がった全体に対しては、けっこう可愛いと自己評価を下しております。
さすが、プロのデザインですねぇ。
ちょっとくらいへっぽこな腕前で作ったって、可愛く仕上がるのです。
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帯の文句がなかなかに扇情的です。
『娘と継母。父。喪われた母ーーー。
家族、には少し足りない集団に横たわる
嫌悪と快感を、
律動的な文体で描ききった
戦慄の純文学的恐怖作(ホラー)』
『「あなた」の悪い目が
コンタクトレンズ越しに見ている世界。
それを「わたし」の目とギザギザの爪で、
正しいものに、変えてもいいですか?』
なるほど、これ、ホラーなんですね…
いいですね、私、ホラー小説、大好きです。
メジャーなものは殆ど読み尽くしておりますよ!
この本は怖いかな?怖いかな?ドキドキ、ワクワク!
本書、表題作を含む三つの短編が収められています。
『爪と目』
『しょう子さんが忘れていること』
『ちびっこ広場』
この三編です。
ホラーというと、大きく二つに分けることができると思います。
人間の怖さを描いたものと、お化けの怖いお話しと。
私の感じたところだと。
『爪と目』は人間系、『しょうこさんが忘れていること』は人間系とお化け系とさてどっちでしょう?系、『ちびっこ広場』はお化け系ですね。
…ちなみに、私はホラーはお化け系が特に好きです。
祟りとか呪いとか聞くと…うひゃー!わくわくしますよ。
怖い怖いー!お化けはとっても怖いのです!
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表題作『爪と目』について、感想を書きます。
この短編小説は、冒頭、いきなりこちらを混乱させる一文で始まります。
引用しますね。
『はじめてあなたと関係を持った日、帰り際になって父は「きみとは結婚できない」と言った。』
これ、パッと読んだら、一瞬意味がわからないと思います。
主語は誰?と混乱するんじゃないでしょうか。
わたしが、ではないんですよね、それでは意味が通らない(もしくはかなりありえない状況のお話になってしまう)。
父が、なんです。
『あなたと』と主語無しに言われると、つい語り手本人が主語だと錯覚してしまう。
そこを突いた、一文です。
そして、続く一文は、
『あなたは驚いて「はあ」と返した。』
です。
この短編、実は『あなた』が主人公の二人称小説です。
が。
以前に私が読みました、ミシェル・ビュトールの『心変わり』やジェイ・マキナニーの『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』の二つの二人称小説とは、また別の二人称小説です。
というのもこの小説において「あなたは」と語る人物は作者(あるいは作中人物以外の誰かしら語り手)ではなく、作中の登場人物である『わたし』という3歳児だからです。
登場人物が登場人物に向かって語りかける『あなた』なのです。
『心変わり』や『ブライトライツ・ビッグシティ』では、『きみは』は小説世界の外側、メタな場所からまるで読者に向かって語りかけてくるような二人称だったと思います。
対して『爪と目』の『あなたは』は、こちらに向かって語りかけられているというよりは、誰かが誰かに向かって語っている言葉を、こちらは側でただただ聞いている…ような印象です。
立ち聞きでもしているような感じ、他人宛の手紙を盗み読みしているような感じ、とでも言えば良いでしょうか。
同じ二人称を使っても、色々な手法があるものですね。
感心しました。
『爪と目』の主人公は、ちょっと変わった若い女性です。
どう変わっているかと言うと、感情がとても薄くて、また、そのせいもあってか共感能力が極めて薄いのです。
けして悪意のある人ではありません。
むしろ、ある意味ではとてもいい人です、悪意がほとんどない人物なのですから(それは単に感情が薄いからという理由からくるだけなんでしょうけれど)。
…でもこれって、実はとても人間味の薄い、得体の知れない、怖い人物になります。
例えば。
この小説では、『わたし』の『母』が亡くなってすぐに、『あなた』は未来の後妻として『父』と『わたし』と共に暮らすことになるのですが。
『あなた』は『母』の存命中から『父』と肉体関係を持ちますが、それを『母』に対してもそれ以外のものに対しても、全く悪いことだとは感じていない。
そして、『母』が事故(あるいは自殺)で亡くなり、その後釜として『父』と『わたし』の家族に迎え入れられることになった時でも、
やはりその考えは変わらない。
『あなた』が『あなた』の母に『母』の死は夫の不実を苦にした自殺だったのではないかと口に出された時でも、
『「だって奥さんは私たちのこと知らなかったのに」
「奥さんどころか、世界中の誰も知らなかったのに。それに、私、結婚したくてつきあってたんじゃないし」』
などと笑いながら(それも、嘲笑うわけではなく、心底ただ可笑しいお話だとでも言うように)、言ってしまうような女性なのです。
奪い取る気は無かった、ただ楽しんでいただけ。悪気はない。
別にそれで奥さんが困るわけないでしょう?
バカみたいなこと考えるのね、ウフフ。
悪意がなくともその行為自体によってとても傷つく人がいるとか、深く考えないのですよね。というか、考えられない、のかな。
『あなた』は万事において、そんな調子で。
まるで中身のない人間みたい。
人間のふりをする、別の何かみたい。
印象としては、カラッポな人物です。
頭が悪いわけではない、むしろきっと平均以上に頭の回る人…なのにカラッポ。
他人の感情を共感ではなく、知識として推し量るような人、です。
そして、この小説において、彼女に向かって『あなたは』と語り続ける者は、3歳児の女の子です。
まだ3歳の女児が語る『あなた』のお話は、まるで子供の言葉ではありません。
成熟した大人の言葉です。
しかも、何故だか『わたし』が『あなた』と会う前の、『あなた』の生き様まで知っていて、語ります。
『わたし』は『母』を、『母』が極寒の中ベランダから脱出できなくなるという状況で、亡くします。
それによって精神的なショックも、もちろん受けています。
が、『わたし』はそれを、自分のことというよりも、人ごとのように淡々として語るのです。
この短編は。
『わたし』と『父』、それから『あなたの愛人』、これらの人物と人間味の薄い『あなた』との生活が、異常な3歳児『わたし』によって語られ。
最後には『あなた』の『悪い目』を正す、破局的な事件で幕をとじることになります。
目が、キーです。
そして、『あなた』の『悪い目』を覆うハードタイプのコンタクトレンズ、これが作中で印象的に使われるアイテム。
さて、このコンタクトレンズ、一体どういう意味を持って描かれているのか。
何を、象徴しているのか。
私は、それは、まぁ壁にでも近いものかな?と考えました。
目は人とコミュニケーションを取る際の重要な器官ですし。
心の窓なんて言われたりもしますしね。
『あなた』の共感能力の欠如からくる、『あなた』と他人との間にある、隔てるものとしての壁。
あるいは、カラッポの『あなた』を他人から、覆い隠すものとしての壁。
さらには、カラッポの『あなた』を、それでも一人の人間として形作りまとめるためのハリボテ、形を形たらしめる限界としての壁。
そんなことを、私は考えました。
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今回、表題作『爪と目』についてしか感想を書きませんでしたけれど。
残りの2作も、なかなかにホラーです。
不気味な雰囲気、怖いお話が、筆力のある文章で綴られています。
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あ、ホラーといえば。
昨日、私、怖い夢を見たのですよねぇ。
それがまた、結構リアルな夢で。
夢の中。
自分が、いつものようにコタツに入って、猫に囲まれ、一人で書きものなんかしていると。
気がつくとやたらに部屋の照明が暗くなっていました。
おかしいな、と思って照明の明るさをあげようとしたら、ひとりでに逆に部屋が真っ暗になってしまって。
どういうことだろう?とあせっていたら、何者かによって、暗闇の中、いきなり、私の長い髪をギュッと引っ張られる…
なーんて、夢で。
ビビリチキンの私はそこで、は!っと目が覚めたのですけれど。
怖くて怖くて、起きても胸がドキドキしていました。
で、起きてみて、気づいたのですが。
猫が二匹も、寝ている私の髪の毛を踏んづけて座り込んでおりましたよ。
君たちのせいか、この怖い夢は…
なんだかホッといたしまして。
そのまま猫二匹を取っ捕まえて、無理矢理お布団の中にひきずりこんで、抱っこして、また眠りにつきました。
お布団の中は猫天国!
今度は怖い夢をみることもなく、朝までゆっくり眠れましたよ。
猫ちゃんたちの力は偉大なのです。
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