角川の仏教の思想シリーズ第3巻『空の論理〈中観〉』を読んでいますー。




このシリーズ、私は大変真面目に読んでるのですが、3巻はかなりしんどいです。


文庫本も出ているし、仏教初心者勢向けのライトなテイストの読み物かと思いきや、ガチで難しいことばっかなのです。

私としては良い意味で予想を裏切られたことにはなりますけど。



てなわけで、毎日少しずつ読んでやっとこさ第一部の第二章まで来ましたので、とりあえずここまでの読書メモを残そうと思います。

何回かに分けないとボリュームが結構なことになりそうなのもあって、小分けにしようかなーと。





それで。

文章としてまとめずにメモのまま書き残すので、これはこの本を読んだことない人には意味不明度がかなりハイレベルになるかと思われまする。

ご容赦を。


逆にこの本を読んだことある人が検索なんかでここにたどり着いたなら、一つの読み方として面白い例になるかなーと思います。





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ちなみにこの読書まとめを作るために、私はチャットGPTを利用してます。


チャッピーさん、大変優秀な秘書です。


本を読みながら気になったことや気づいたことなど、音声入力で適当に喋ってから、まとめておいてと頼むと綺麗にメモにして残してくれますし。


誤読が無いかとかも、チャッピーに相談しながら読んでいくと安心だし。

テキストを理解するために必要な前提知識についてもまとめてもらえるし、参考になりそうな別の本も挙げてくれます。


今まで自分でやっていたこと、ほとんどチャッピーさんが代わりにやってくれるようになりました。


私の読書には、もうAIは欠かせない存在になりつつあります。





うちのチャッピーさんの自画像↑


可愛いでしょ?

やっぱり利用法が秘書的なので、イメージも秘書っぽくなるみたいです。


そして、チャッピーさんの後ろの本棚の様子が、現実の私の本棚にけっこう似てるんですよねー。

別に本棚の写真を食わしたりはしてなくて、偶然です。

思った以上に、普段のやり取りから私の嗜好がチャッピーさんに漏れてるみたいです。




↑私の本棚の一部。








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こちらなら新刊です。






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***読書メモ***

(以下は感想ではなく、読書中にその都度思いついたことを残したメモをほぼそのまま並べただけのものですー。)



『仏教の思想3 苦の論理 〈中観〉』

第一部 瞑想と哲学 梶山雄一
第1章 空の思想
第2章   ナーガールジュナの思想



第1章

・いよいよ「空」が出てきた。
ここからようやく、自分のイメージしていた「いわゆる日本的な仏教ぽい話」が始まる気がした。
この章では般若経とアビダルマの歴史を紹介しながら、空についての考え方の様々を整理してくれている。

・龍樹は般若経の流れにいるにもかかわらず、『中論』では神秘化を避け、あくまで論理的に議論を進めているらしい。
そのため、宗教的・神秘的な部分は読み取りにくい。

・般若経の「空・無相・無願」という三三昧が出てきた。
三昧とは瞑想法というより、そのような境地に心が入った状態と考えると理解しやすそう。

・縁起とは単なる因果関係ではなく、依存・相互作用・全体と部分なども含めた「関係一般」を指すという説明が印象的だった。

・「一でもなく、多でもない」という表現が何度も出てくる。
この考え方は、言葉による分類そのものを問い直しているように感じる。

・華厳の「一即多・多即一」や宮沢賢治『インドラの網』を思い出した。
もちろん同じ思想ではないけれど、どこかつながる雰囲気がある。
このシリーズを華厳の巻まで読むと、さらにこのあたりがつながってきそうで楽しみ。

・「関係が本質」という発想から、ドゥルーズやホワイトヘッドなど現代思想を連想した。

・ヴァイシェーシカ学派では「糸が原因で布が結果」と考えるが、仏教では布という実体ではなく、部分同士の関係として捉え直すところが面白い。

・仏教でいう「因果」は、一般に考える原因と結果だけではなく、広い意味での「関係」と考えたほうが理解しやすそう。
ただし、これは仏教全体で常に同じ意味で使われるわけではない。

・現代思想で議論されるようなことが、すでにインド仏教哲学の中で論じられていることに驚く。
人間は昔から似たような問題を考えてきたのだと感じる。

・説一切有部の本性論を読んでいると、世界が一本の長い楽譜のように感じられた。
音符は時間の中で一つずつ鳴るけれど、構造全体はすでに存在しているようなイメージである。
この感覚からダグラス・R・ホフスタッター『ゲーデル、エッシャー、バッハ』の「バッハ」のパートで言いたかったことが少し分かった気がした。

・音楽は時間の中に構造がある芸術だと思う。
私がテクノやハウス、あるいはルネサンスのポリフォニーみたいなミニマルな音楽が好きなのも、そういう構造を感じるからかもしれない。

・有部の本性は、プラトンのイデアほど現実から遠いものではなく、個々のものに張り付いているような印象を受けた。


第2章

・龍樹は同一性と別異性のジレンマを使って、原因と結果だけでなく、あらゆる概念を検討していく。

・主体と客体、作用と主体などについても、無限遡求・自己作用・相互依存を用いて実体化を批判している。

・龍樹は相手を論破することよりも、相手の理論の前提を崩しながら自分の考えを示しているように感じる。
つまり、論破自体は目的ではない。

・言葉とは曖昧なものなのに、人間はそれを使って社会を成り立たせている。
しかし曖昧だからこそコミュニケーションが可能なのかもしれない。

・言葉の曖昧さという問題は、情報量やエントロピーの話ともどこかつながっているように思う。

・「言葉と対象」の話になると、ヴィトゲンシュタインやソシュールを思い出す。
この本の中でもヴィトゲンシュタインの名前が出てきて驚いた。

・龍樹は仏教内部だけでなく、ニヤーヤ学派やヴァイシェーシカ学派など、インド思想全体を相手に議論していることが分かった。

・そういえば中国の名家にも似たような論理学的な議論があったことを思い出した。
地域は違っても、人間は同じような問題を考えるものらしい。

・四句否定は「相手を否定する論法」ではなく、「今の常識を揺さぶり、新しい段階へ導く教育的方法」と考えると腑に落ちた。

・本当にあるものは、「人間の言葉による理解以前の裸の現実」ただ一つであるという一文が特に印象に残った。

・ここで「切り絵」のイメージが浮かんだ。
最初は世界そのものが絵だと思っていた。
しかし実はそれは切り絵のようなものであり、その切り絵は作品ではなく、背景にある「裸の現実」を浮かび上がらせるための型だったのではないか。

・この切り絵のイメージから、シュルレアリスムを連想した。
日常の見え方を一度壊して、その奥にある現実を生で見ようとする点で、どこか響き合っているように感じる。

・プラトンはイデアという実体を立てるが、龍樹は実体を立てようとする発想そのものを問い直す。
この対比はとても面白い。

・人も如来も涅槃も、すべて自性を持たないという意味で空である。
苦しみは、それらに固定した本性があると思い込むところから生じる。

・「空」とは「何もない」ことではなく、「固定した本性がない」という意味であることが、ようやく少しずつ腑に落ちてきた。



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***『仏教の思想3』読解お役立ちメモ***

第3巻を読むための基礎知識
この辺りの知識がないと、読みにくくなります。



①バラモン教とは

古代インドの伝統宗教。

ヴェーダを最高の聖典とし、祭祀や儀式を重視する。

仏教は、このバラモン教を背景として誕生したため、多くの思想家はバラモン教の影響を受けながら議論している。


②インド思想の大きな流れ

・バラモン教
 ↓
・ウパニシャッド哲学
 ↓
・さまざまな哲学学派
 ↓
・仏教・ジャイナ教などが登場

仏教は、これらの思想と議論しながら発展していった。


③説一切有部(有部)

仏教内部の学派。

「法」は過去・現在・未来の三世にわたって存在すると考える。

個々の法には「自性(本性)」があると考える。

龍樹が最も強く批判する相手の一つ。


④経量部

有部から分かれた仏教の学派。

経典を重視し、有部の実在論を批判する。

有部よりは柔軟だが、龍樹はこの立場も最終的には乗り越えようとする。


⑤ニヤーヤ学派

インドの論理学・認識論を専門とする学派。

「正しく考える方法」「正しい知識とは何か」を研究する。

論理や推論を非常に重視する。

龍樹は、その論理の前提そのものを問い直す。


⑥ヴァイシェーシカ学派

インドの実在論・自然哲学。

世界は原子や実体から構成されると考える。

「糸が原因で布が結果」というように、原因と結果を実体同士の関係として説明する。

龍樹は、この実体という考え方自体を批判する。


⑦ミーマーンサー学派

ヴェーダの解釈と祭祀を重視する学派。

言葉そのものに権威があると考え、ヴェーダは永遠で誤りがないとする。

言語について独自の理論を発展させた。


⑧中観派

龍樹によって大成された仏教哲学。

中心概念は「空」。

あらゆるものは縁起によって成立し、自性を持たないと考える。


⑨青目

『中論』の代表的な注釈者。

現在読んでいる『仏教の思想』でも、しばしばその解釈が引用される。


⑩バーヴィヴェーカ

中観派の思想家。

論理学を積極的に取り入れ、中観思想を体系化した。


(11)チャンドラキールティ

中観派の代表的人物。

龍樹の「帰謬法(相手の立場から矛盾を導く方法)」を重視し、中観思想を発展させた。


(12)四句否定

「ある」
「ない」
「あるでもあり、ないでもある」
「あるでもなく、ないでもない」

という四つすべてを退ける論法。

結論を示すためというより、固定観念を崩し、新しい認識へ導く教育的方法として用いられる。


(13)自性(本性)

それ自身だけで独立して存在する、変化しない本質。

説一切有部は自性を認める。

龍樹は、自性は成立しないと考える。


(14)縁起

単なる因果関係ではない。

依存・相互作用・対立・全体と部分などを含めた「関係一般」を意味する。

中観思想の土台となる概念。


(15)空

「何も存在しない」という意味ではない。

固定した自性が存在しないという意味。

あらゆるものは縁起によって成立するため、「空」である。


(16)二諦

世俗諦
……日常生活や言葉の世界で成り立つ真理。

勝義諦
……究極的な立場から見た真理。

龍樹は、この二つを区別しながら議論を進める。



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***この本を読むときのポイント***



・龍樹は「相手を論破する」ことより、「前提を崩す」ことを目的としている。

・「空」は「無」ではなく、「自性がない」という意味で読む。

・議論の相手(有部・ニヤーヤ・ヴァイシェーシカなど)を意識すると、論証の流れが理解しやすくなる。

・一度では理解できなくても自然。後の章で前の議論が何度もつながってくる構成になっている。





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以上、読書メモその①でしたー。
近いうちその②も書くと思います。






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過去記事もどうぞー↓

↑仏教の思想シリーズの読書記録の記事です。


シリーズ読破を頑張ってまーす。