ぼやけた世界は自分だけの世界
今日は、娘の希望でトランポリンができるカフェに行きました
ちょっとモダンな雰囲気のカフェの横に併設されたトランポリンルーム
いつもは娘だけやらせるのですが、今日は一緒にやろう!と何度も誘われ
仕方なく一緒にやることにしました
カフェは少し薄暗い照明で雰囲気が良くジャズが流れている
一応観葉植物で区切ってあるとはいえ、白熱電球で照らされたトランポリンルームで
いい大人がぴょんぴょん飛ぶにはかなり勇気が要ります
今日も、なんとな~くカフェ側の視線を気にしながらちょっと飛ぶぐらいだったけど
3回ぐらいバウンドしたら、大きく眼鏡がズレてあぁメンドクサイ!って思い切って外しました
裸眼0.01の私は、何もはっきり見えません
でも、まぁもちろん区切られたトランポリンを上手に飛ぶことぐらいはできます

↑こんな感じで細かく飛ぶ場所が分かれてて、あちこち飛び回れる
で、飛んでて段々娘と遊ぶことに集中している自分がいました
いつもなら、絶対こんな息を切らして娘を追いかけたりしない
でも、視界がぼやけていることで人の顔、存在そのものがはっきり見えない
だから自分がどう見られるか。を全然意識しなくなりました
これは凄い気づき
たとえ、娘を必死に追うそのあり様にクスっと笑っている人がいたとしても
私には見えない、届かない
全然、恥ずかしくもない
髪を振り乱し一心不乱に娘を追いかけ、娘は心底楽しそうに奇声をあげて逃げていました
これ以上は息ができないってぐらいヘトヘトになるまで走り回り
久しぶりに『あぁ~~~楽しいなぁ~~~』って思いました
こうやって目の前の事に集中できれば、本来は『憂い』を感じる隙なんてないんだなぁ
不安も、後悔も、罪悪感も、恐怖も
未来のことだったり過去のことだったりを憂いて初めて湧き出る感情ですから
時々、焦点が合わない。ぐらいが人生は良いのかもしれないって思った出来事でした
