
私がずっと欲しかったもの
今日はコロナ感染から6日経過し、症状も残すところ鼻水のみとなりました
娘は元々元気なので登園し、私は朝から洗濯、ゴミ出しなど家事をしていました
昨日からずっと庭の野菜のための【たい肥作り】がしたいと思い
Youtubeで生ごみたい肥の作り方を学んでいました
そしてゴミ出しが終わって、外気温もそんなに寒くないし突然そのまま庭でたい肥作りスタート
凄い鼻水が出てきたので一旦家に戻り、鼻をかみながら
あ~ずっとこういう事がしたかった
と今、心が弾んでいる状態をしみじみ感じて思いました
思いついたら直ぐできる状況、環境、ある程度の資金があること
それが私にとっての自由であり渇望する欲求です
自営業なので基本的には縛りがない
どこかに出社しなければならないわけではない
朝、子どもの幼稚園バスに間に合えばあとは基本自由
この超絶有難い状況があるのに、私は夫といる間はずっと今月の売上ばかり追っていました
少しでも売れない日が続くと不安から夫は私をネチネチ責めてきます
ね~出品してる?仕入は?俺がやらないと何もしないよね・・・(グチグチネチネチ)
でも今は監視する夫はいない
いない故に不安なこと、怖い事はたくさんある
今も監視の中の方が良かったのではないかと不安から思ってしまうこともある
今月なんてまさにそう
普通に時給1000円のバイトに週5日出ている方が収入があっただろうというぐらい売上悪い
だから凄く怖かった、不安で不安で変な焦りもあって
ずっと怖いよ~やばいよ~このままじゃ田舎生活維持できないよ~ってブツブツ言ってた
娘にも今月やばいよ~って意味わからないだろうけどぼやいてしまっていた
でも数日もそんなことを続けていたら、フッと終わった
終わったというか、物販なんだから止まらずに仕入して
出品数増やして露出多くしてお客さんの目に留まるようにしなきゃなって
冷静に今できることを最大限やっていこう!って
焦りや不安からではない淡々としたやる気がでてきた
そうしたら売れないことが不安じゃなくなった
ひとまず貯蓄あるからカードの支払い間に合わないようであれば貯蓄から出すか
とか、割と冷静に状況を判断し必要以上に怖がらないようになれた
そして今日はもちろん今から仕事を淡々とやる
でも、たい肥作りもやる
やりたい!と思ったタイミングで鍬を持ち土を肥やし生ごみを混ぜ込み汗を流す
あぁ~幸せだなぁ~ってしみじみ思う
これがずっとやりたかった
やりたい!と思った時に誰の許可も得ず自分が思ったようにやる
間違えていたっていい
失敗したっていい
経験したいんだ
やりたい!と思ったことを思いっきり自分にやらせてあげたいんだ
これも自己受容の一環です
自己受容は自分を大切にするということ
苦しい時は気持ちに寄り添い、やりたい!時は存分に許可し、自分を最大限に受容する
受け入れるということが愛するということに繋がる
夫の目を気にし、売上の数値ばかりを気にしていた時には
たい肥作りたい!今!という声はかき消していました
できないならできないで仕方ないんです
でもそこで声を聴いてあげる
自分と会話する
そうすると内なる自分はかなり満足するので週末でもいいよって言ってくれる
でも自分の声を無視し続けると、それが現実にどんどん現れる
夫は私の要求は無視し、監視し、奴隷のように扱う
それは私が私を監視し奴隷のように扱っていたからだと今なら解ります
もう二度と自分の声を無視したくない
無視すると現実は悲惨な舞台に変わります
