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☆日々是好日☆

自分を受け入れ、今いる世界を楽しむために

 

感じるってなんてデカい愛なんだ

40数年生きてきて、私の人生は割と色々ありました

 

直近ですと、DV&暴言に耐えた6年間でしたが

 

ぼっこぼこに殴られたのをきっかけに勢いで離婚

 

勢いで。というところがミソでして

 

私はたぶん暴言だけだったら未だに耐えてた自信あります

 

どこかの漫画本で読んだのですが、連続殺人をするような人でも

 

必ず『良いところ』があるのが人間だそうで

 

私は殴られても、蹴られても、首を絞められても

 

殴るのは3カ月に1回ぐらいだし、普段は子煩悩で父親として良い人だし

 

私に優しい時もあるし。と良いところを見よう、見ようと

 

されたこと(暴力)を見ずに、その人となり(優しい、子煩悩)を見続けました

 

 

というのも成育歴が今でいう毒親に認定される母親で(父は不在なイメージ)

 

脳みそ通さず酷いセリフを吐く母親でした

 

これ例えば友人宅でも気になるのですが『お前はいつも余計なことをするな!』も

 

酷いセリフに入ります

 

余計なことをしようとしている子どもって基本いませんからね

 

母を助けようとしてたのかもしれない、兄妹を助けようとしたのかもしれない

 

または自分ができるところを見て欲しかったのかもしれない

 

余計なことをしようとはしていない

 

 

たぶん、自分も時々酷いセリフだな・・・って思いながら子どもに吐いているので

 

親自身が余裕がないか

 

そういうセリフが脳みそ通らず口から出る習慣が身についている可能性があります

 

無神経な人って結構いますからね

 

私の母は若いのに3人も子ども産んじゃって、旦那の親にいびられて

 

精神的にキツイ状況で、更に無神経なタイプの気の強い女性でした

 

色々条件がそろっています

 

ゆえに毒親になりました

 

 

そんな母親に育てられたのでちょっとやそっとのボディーブロー(暴言)は

 

=愛情 

 

と変換できる高性能な脳みそになりました

 

 

そういう事を言わないで。と伝えれば、『あんたが神経質すぎるだけ』と逆に怒られ

 

私の嫌だ、止めて。は素直に受け入れて貰えたことは1度もありませんでした

 

それは孫娘にもそうで、私の娘がばーばの言い方嫌い!って言うと

 

『あ~そうですか~。ばーばも素直じゃない子は嫌いだよ~』って平気で言う人

 

あぁ・・・書いてて凄い体感がくるわ・・・喉が締め付けられる

 

 

そんな母と娘なので、もちろん本音トークは皆無

 

だってそもそも根底に見えている世界が違い過ぎる

 

私が見ている世界は、彼女からは見えない

 

同じようには感じられない、ベースが違い過ぎる

 

 

本当は同じがよかったです

 

だって大好きな親だもん

 

そんなこと言われたら悲しいよって伝えたら、そうだね。ごめんね。って

 

分かり合える関係が良かった

 

そんなこと言われたら悲しいよって伝えたら、ネガティブだね~あ~めんどくさって

 

分かり合えない関係をもう1度体験した結婚生活

 

 

なぜか

 

 

結婚するまでに色々な法則を学んで色々試してきました

 

ノートに気持ちを書く

ポジティブ変換する

感謝を毎日10個書く

叶えたいこと100個書く

明日からお金を気にしない私になる!って決める!その通り動く

毎月これだけしか残らない。じゃなくて、ぴったり使えた!って思う

家があって食べるものがあって健康な体に感謝する

ザシークレットを読む

かがみの法則を読む

嫌われる勇気を読む

ありとあらゆる心理カウンセラーのブログ、本、講演会を聞きに行く

メモリーオイル、フンドシパンツ、生理ナプキン自作

満月の手放し、おさいふフリフリ

1日参り

 

まだ色々ありますが

 

毒親育ちでも結婚生活うまくいく人もいると思います

 

全員が全員、同じ道を通るとは思えないので私の場合ですが

 

色々やったのに、悲惨な結婚生活でした

 

 

なぜか

 

毒親の体感が残っていたから

 

 

分かり合えない時の体感覚

 

自分の感じたことを無視される、バカにされる時の体感覚

 

私のことは理解しようとはしないくせに

 

自分の事は理解させようとやたらと長い自分語りを聴かされる体感

 

執拗に執着される体感

 

不自由な体感

 

我慢の体感

 

歯を食いしばる体感

 

自分の感じ方が間違っているのかと思わされる体感

 

自分が悪い、ダメだからこんな関係なんだと思わされる体感

 

これが一生続くのか・・・という絶望感

 

 

私は人を愛するということを親から『我慢して自己犠牲すること』と学びました

 

 

勢いで離婚できて、1年後にやっと体感メソッドに出会えて今

 

やっと愛するってどういうことか、体感があります

 

どんな時も自分自身の体感覚を見ている、この眼差し

 

何を出しても受け入れて貰える安心感

 

ちょっとしたモヤもザワも、瞬時にキャッチして一緒に感じてくれる一体感

 

あぁそうか、愛情ってこういう温かいものだったんだ・・・

 

 

私は今、人生で1番自分のことを愛しているってやっと言える状態にいると思います