いちいち立ち止まろう
元夫に対して【気持ち悪い】と感じたのはいつからだろうか?
そんなことをずっと考えていました
昨日美容院で、東出さんの文春オンラインのインタビュー記事を読んで私もどうやったって生きていける!という自信をもう1度取り戻そうと思うよって話をしたら、それを聞いていた美容師さんが【まぁ東出君は杏ちゃんに甘えていただろうし、杏ちゃんも複雑な家庭だから何でも自分で解決してきたのがアダになって東出君を悪い意味で甘やかしてしまったんだと思うよ。つまりダメ男製造機なんだろうね】って話してて、なるほどなぁって思いました
私も毒親家庭に育っているので、20歳で家を出てから何か困ったことがあっても親に頼ることは1度もしませんでした
どうにか自分で解決しなきゃ!と常に想っていた気がします
なので殴られてても、1度も親に助けを求めませんでした
結局、親に伝えたのは別居してから
そうやって親の育て方や、もともとの性格も相まって【我慢するのが当たり前】な人間になってしまいました
そしてその強弱はあれど、多くの人は我慢強いタイプだと思います
しかしこの【我慢強さ】というのがパートナーシップにおいても有効かというとそうでもないのは身に染みてわかりました
パートナーシップにおいて【我慢強い】というのは弊害以外なにものでもありませんね
全然、美徳ではありません
では我がままが良いのか?というと、そういう訳ではありません
そこが1番、難しいところですよね
なにせ私はパートナーシップを語れるような成功体験を得ていないので![]()
こうしたら良いよというアドバイスは1mmもできない
でも、こうしない方がいいよっていうアドバイスはできます
それが我慢です
で、話は戻りますがいつから元夫のことを【気持ち悪い】と感じていたのかというと、実はお付き合いする前から感じていたことに気づきました
付き合う前、猛烈にアタックされている時すごく気持ち悪いと思ったんです
盲目的で周りが見えていない感じとか、私が喜ぶだろうと思ってやっているのを凄くアピールしてきたり、連絡頻度多かったり、内容が長文だったり、一緒にいてもちょっとしたことでバカにされたり、ちょいちょい【ん???】という違和感が常にあったのを思い出しました
しかし私は息をするように【我慢】していました
意識に上がらないぐらいスルーしていました
そして暴言DV地獄から解放されて6カ月ぐらい経つと、元夫がそんなに悪い人には思えなくなるんですよ
思い出が美化される。という感じでしょうか
6月頃は毎週末、元夫と子どもがTV電話してて、私も何気なく映り込んだりしてて、なんかすごく仲良くやれていたんです
そのころブログにも【うまくやれそう】的なことを書いていました
でもある時、元夫が【いつこっちに遊びに来てくれるの?】と言ったんです
そこに強烈な違和感を覚えました
これは別居中、元夫が実家に身を寄せ居てた時メッセージで【反省しているから迎えに来て欲しい】と言われ感じた違和感そっくりでした
どっちも【なぜ私が行かなければならない?】という疑問を強く感じたのを覚えています
読む人が読めば、どうでもいい些細なことだろうと思います
どっちが行ってもいいじゃんって思うかもしれません
けど私は強烈に違和感&不快感を抱きました
やっぱりこの人にとって私は下、従う側、雑に扱っていい人間側
そんな感情を抱き、仲良くなってたけど急に離れようって思いました
そしてその違和感を抱いている時、たまたま車中でNHKの【家庭内の暴力】についてのドキュメンタリーが流れてて、それを見ていたのですがフラッシュバックしたんです、記憶が
そして全身から変な汗が出てきて、急に元夫に対して【気持ち悪い】と思いました
私はお付き合いする前から気持ち悪いと思っていたのに付き合い、できちゃった結婚をし、結局は奴隷のような扱いを受け離婚するに至っています
些細な違和感を我慢したからです
すべての原因はそこにあると思います
でも、小さな頃から我慢することを強いられてきたから難しいんですよね
その違和感をキャッチして自分に警告するのが
ただのわがままなんじゃないか、甘えなんじゃないか、みんなはできるのに
そういう自己責めの声に押しつぶされて我慢という選択をし続けて生きてきたので、急には止められないのですが気づいて立ち止まることはできるようになりたいです
些細なことでもいい
自分が、ん????と思ったこと、心になんか引っ掛かることはまず意識して欲しい
意識することが何よりも重要
気づくことがすべての1歩だと思います
