モモコが表に出ると、すでに用意を済ませた
サキが待っていた。
歩いて行くには距離があり、馬車では小回りが
利かないということで、モモコの荷馬車から
馬を外そうということになった。
ハーネスを外し鞍を取り付けていると
工房が騒がしくなった。
アイリの金切り声が聞こえる。
それに応えるように複数の男が声をあげた。
サキとモモコは顔を見合わせ
何事かと工房に駆け寄った。
突然、扉が開く。
数人の男たちが飛び出してきた。
ふたりは、反射的に扉の影に隠れた。
「このワシが頭を下げているのいうのに
あの小娘の態度はなんだ!」
立派な身なりをした痩身の男が
ステッキを振り回しながら怒鳴った。
大股で歩く男を、数人の取り巻きが
おろおろしながら後を追おう。
男たちの姿が消えてしばらくすると
垣根の向こうから大きな黒塗りの馬車が
走り去っていった。
「なにあれ?」
ぼんやり見送るサキに、モモコは声を掛けた。
「あれ、トリルとかっていう、貴族の人だよ。
街の人からは、あんまり評判よくないみたい。
今でこそ子爵さまとか言われてるけど
成り上がり者なんだって」
政よりも己の出世に執心する御仁で
ここに来たのも領主のご機嫌取りのためにアイリに
なにか作らせようとしたに違いなかった。
アイリが扉から顔を出し、しかめっ面で舌を出した。
「ベーッだ! 何度来たって創ってやんないんだから」
が、サキたちの姿に気づくと、「あら居たの」と呟いて
困ったちゃんの表情になり、顔を赤らめた。
「よく来るの?」
モモコが尋ねると、両手の指先を合わせ
閉じたり開いたりしながら頷いた。
「創ってあげないの?」
サキの問いに、アイリは激しく首を振った。
「アイリは自分が興味持った物しか創らないもんね」
モモコが顔を覗き込みながら言うと
アイリはこっくり頷いた。
「だってさ、みんな評判聞いてやって来るだけで
アタシがどんな物、創るか知らないんだもん」
実際、彼女に武具の作製を依頼しに訪ねてくる者も
多いが、受けることはほとんどないらしい。
創りたい物を創る──それが彼女の信条なのだ。
モモコがアイリの肩にすがりついた。
「でもモモは別だよね。
氷の刃、創ってくれてるよね?」
が、アイリはとぼけたような表情を作り、頭を傾けた。
「創ってないよ。だって創らないって言ったじゃん」
「えっ、ウソ!?」モモコは声をあげた。
「じゃあ、ホントにミヤが奪い返さないと
創ってくれないの?」
「なにが?」アイリは小首を傾げた。
サキとモモコは顔を見合わせた。
かける言葉が見つからず
揃ってアイリの手首を指差す。
アイリはふたりの指す先を目で追うと瞳を見開いた。
右手を顔の辺りまで上げ、左手を添える。
手首に巻かれたブレスレットが揺れた。
「これかぁ」
大げさな動作で身体を反らせる。
バツの悪そうな笑みを浮かべ
慌ててブレスレットを外した。
「ちょっとした冗談のつもりだったんだけどね」
そしてふたりの前に差し出した。
「ミヤビちゃんだっけ。
あの子に返しといて」
受け取ろうと手を伸ばしかけたモモコだったが
少し躊躇し、どうしようかとサキに目配せした。
サキは苦笑いを浮かべ、腕をすっと伸ばし
ブレスレットを指した。
「自分で返した方がいいと思うよ」
しばらく考え込んでいたアイリだったが
口角を上げ目一杯の笑みを作ると
しっかり頷いた。
「わかった。今度会ったら返しとく」
その16 その18