海の近くということもあり、白身魚のマリネや
珍しい貝のスープ、海草サラダなどが
所狭しと食卓の上に並んでいた。
旅の間の食事は、荷物を減らす意味もあり
木の実や薬草を煎じたスープなどが中心となる。
栄養面はともかく、満腹感を得ることはない。
三日前に食べた宿屋の朝食以来のまともな食事だ。
アイリの隣にモモコ、その向かいにミヤビとサキが
並んで座ると、三人ともすぐさま料理にがっついた。
「こんなにたくさんお客さまが来るなんて
思ってなかったんだよね」
厨房からアイリが大皿を運んできた。
最後の宿を出る際、モモコが手紙を
出していたらしく、昨日の朝には
レイヴンによってアイリの元に届いていた。
なので今日、モモコが到着することは
知っていたが、サキやミヤビが同行することを
モモコが書き忘れていた。
自分とモモコ、二人分の料理しか
用意していなかったのだ。
だが並べられた料理は、急ごしらえとは
思えないほど豪華だ。
「ジャーン、見て。ブリの香草焼きだよ。
モモとは久しブリだから。とか言っちゃって」
美味しそうだと伸ばしたサキとミヤビの手が止まった。
ヘラヘラ笑うアイリの顔を見上げる。
楽しいはずの食卓に、寒々とした空気が流れた。
長い沈黙が続く中、モモコが焦りの表情で
部屋の中を見回した。
「あっ、えっと…ねえアイリ、あそこにあるの、なに?」
フォークを持つ手で棚を指す。
石をぶら下げたチェーンが、大量に並んでいた。
だがアイリはモモコの質問には答えず
不服そうに頬を膨らませ、椅子に腰掛けた。
「お魚のブリと、久しぶりのぶりと掛けたんだけど…」
「そっか、そうだよね。アイリ、面白~い。アハハハハ…」
モモコは乾いた笑い声をたてながら
サキとミヤビに向かって盛り上げるよう
掌を上に向け腕を広げ上下に動かした。
サキがぎこちない表情で笑みを作った。
ミヤビは今になって、やっと気づいたようで
「ダジャレなんだ」と呟いて何度も頷いた。
「魔除けのペンダント」
無造作にサラダを口に放り込みながら
アイリが低い声でボソッと呟いた。
「なにが? …ああ、棚に掛かってるヤツね」
一瞬なんのことだか、わからなかったモモコに
モモが訊いたんでしょ、とアイリが鋭い視線を送った。
「へぇ、そんなの作ってんだ」
「別に、作りたくって作ってるんじゃないんだけどね」
なんでも、領主からのお達しだそうで
観光客に売りつける工芸品を
作らされているのだという。
アイリほどの腕の持ち主なら、作る必要はないのだが
各鍛冶屋の集落ごとにノルマが課せられており
どうしても手が足りないということで
しょうがなく手伝っているのだ。
「良かったらあげるよ。持ってって」
「ホント!? いいの?」
魚の切り身を咀嚼しながらアイリが頷くと
モモコは棚に駆け寄ってペンダントを手に取った。
「へぇ、全部、形が違うんだね」
親指ほどの自然石に、見たこともない印が刻まれている。
「これなんか、面白い形してる…あっ、これ可愛い」
熱心に吟味するモモコに、サキとミヤビも立ち上がり
興味深そうに眺めた。
「ふたりもこっち来て見てごらん。
アイリが作ったんだからね、きっと凄い効果があるよ」
なにしろ、伝説の錬金術師による作だ。
笑顔で手招きするモモコに、サキとミヤビのふたりは
色めき立った。
「言っとくけど、ただの石ころだからね。
なんの効力もないよ」
スープをすすりながら、「だって土産物だもん」と言う
アイリに、モモコはガックリ肩を落とした。
それを見つめながら、サキたちは黙って
静かに腰を下ろした。
その8 その10