モモコは頬杖を突いてベッドに腰掛け
薬を舐める魔物を見下ろした。
「スーちゃんの部屋に居たとはねぇ」
そう言って部屋中を見渡す。
そういえば、店に来るたびリサコは
必ずこの部屋に出入りしていた。
レシピを出す時と戻す時、一日に二回。
だが今思うに、それ以外は極端に
この部屋に近づかなかった。
衰弱し、苦しんでいるであろうこの魔物が
気になって仕方がないはずなのに
階下から部屋を見上げることもなく
黙々と薬の調合に集中していた。
「それにしてもリサコ、大胆だよね。
モモなんて、昨日から何度もこの部屋入ってるのに。
それに、スーちゃん帰ってきたら
どうするつもりだったんだろ?」
熱冷ましの薬を調達に出向いているマーサは
予定ではすでに戻っていてもおかしくなかった。
サキやユリナは気づかなかったが
多少でも魔力のある彼女なら
魔物がサーミヤであると気づき、すぐに処分しただろう。
だがしかし、誰からも支持を得られないリサコにとって
マーサは最後の砦だったのかもしれない。
きっとママならわかってくれる。
この子が悪い子じゃないって──
そう思うと切なくなってくる。
モモコは床に目を落とし、長い息を吐いた。
「アンタさぁ、リサコのこと好きなの?」
冷ややかな視線を向け、魔物に語りかけた。
薬を舐めていた魔物の動きが止まる。
「わかってる? あの子、水の魔法が得意なんだよ」
魔物が頭をもたげた。
ゆっくりとモモコに顔を向ける。
「ちょ、こっち向かないで!!」
モモコが足をばたつかせ
掌を突きつけ首を激しく振る。
すると魔物は、ふと顔をそらせた。
再び薬を舐め始める。
「もう、モモのこと、呪わないでよね」
アンタのこと助けてあげてるんだからと鼻を鳴らす。
「いくらアンタがリサコに懐いても、このままだと
お互い不幸になるだけだと思うよ」
成長し魔力が強くなってくれば
いずれ退治しなければならなくなる。
「長く一緒に居るとね、情が湧いてくるのね。
そうなったら、余計に辛くなるじゃん。
情って意味、わかる?」
そう問いかけるが、魔物は黙々と薬を舐め続けている。
モモコはつまらなそうな表情で首を傾げた。
「アンタに言ってもわかんないか」
膝をポンと叩いて立ち上がる。
「モモ、もう行くけど、それ飲んで元気になったら
どっか人の居ない山奥にでも行っちゃってね。
それがアンタにとっても、リサコにとっても
一番いいんだから」
モモコはそう言って部屋から立ち去った。
マーサの部屋で魔物を見つけたことを
モモコはユリナにもリサコにも話さなかった。
様子を見に行くこともなかったのだが
薬が効いているらしいことはわかった。
閉店間際、レシピをマーサの部屋に返しに行った
リサコがここ数日で見せたことのない
晴れ晴れとした表情をしていたからだ。
翌朝になっても、リサコの上機嫌は続いていた。
モモコが「おはよう」と声を掛けると
にやけた口元を慌てて引き締め
「さあ、今日も頑張って調合のお勉強しないと」
難しいから大変だよ、などと
呟きながら階段を登っていく。
モモコの口元から思わず笑みがこぼれた。
──まあ二、三日ぐらいだったら一緒に居てもいいか。
魔物が魔力を取り戻せば、町に居座るかぎり
熱病にかかっている人たちの病状が重くなるだろう。
だが薬で治る程度ではあるし、問題はない。
いつまで経っても立ち去る様子がなければ
サキに相談しよう。
彼女なら、きっとなんとかしてくれる。
そんなことを考えていると
突然、乱暴に扉を開く音がした。
二階を見上げると、血相を変えたリサコが
手摺を掴んで立ち尽くしていた。