今回の依頼は、夜になると山村に侵入してきて荒らすグールの駆逐だった。
広範囲に罠を巡らさなければならない上、日数が掛かることが予測された。
無名のハンターである彼女たちに高い報酬が支払われるはずはなく
経費削減を余儀なくされた。馬車や馬などは使えず、移動手段は歩きだ。
三日かけてふたりは村にたどり着いた。
そして村の長から説明を受け、すぐに作業に取り掛かった。
包囲網が半分のできないうちに、疲労はピークに達していた。
「もういいや、今日はここまで」
チナミはそう言うと、杖を投げ出し木陰に腰を下ろした。
「えっ!?」
リサコは慌てて駆け寄った。
陽は傾きつつあるが、日没まではまだ時がある。
もう少し続けた方がいいのではと主張したが、チナミは
「ちゃんと見回りすれば大丈夫だよ。
それに今夜来るとは限んないし」
と面倒そうに答えるだけだった。
しょうがなくリサコも杖を抱えて隣に座る。
「ねえ、その杖どんな魔法が刻んであんの」
チナミがリサコの手元を覗き込んだ。
この杖はオリーブ畑の一件で「リサコ、がんばったから」
とマーサが贈ってくれたものだ。
五つまで印の刻める優れもので、現在三つ刻まれている。
リサコは誇らしげに杖を差し出した。
「ふーん。これとこれは知ってるけど、一番上のはなに?」
チナミが知っていると言ったのは、罠の魔法陣と、攻撃から身を守る結界だ。
どちらも成功したことはなく、結界にいたっては小石ひとつ跳ね返せない。
最後の印は、唯一リサコの使える魔術だった。
「これねぇ、雷の魔法」
やってみてと促され、リサコは頷いて立ち上がった。
印を押さえて呪文を唱える。大きな石に向かって杖を振ると
練習の成果からか、細いがとりあえず稲妻のような閃光が走った。
が、閃光は目標を大きく逸れ
近くの草むらに小さな焦げ痕を作っただけだった。
それでもリサコは笑みを浮かべて胸を張り
チナミは手を叩いてそれに応えた。
「やるじゃん! ねえ、ウチにもやらせて」
そう言って立ち上がる。
「えっ、でも……」
リサコは困ったようにうつむいた。
旅立つ前、サキから強く言い渡されたことがある。
それは、絶対チナミに杖に刻まれた魔術以外を使わせるなということだ。
理由はわからないが、サキ曰く
「そのために大枚はたいてチィに三本も杖、持たせてるんだから」
とのことだ。そのことを言うとチナミはリサコの杖を指差した。
「だったら、いいじゃん。だってさ、リサコの杖に刻んであんでしょ」
確かに、他人の杖を使うなとは言われていない気がする。
リサコは首を傾げながらも、杖を差し出した。
「へ~ぇ、いい杖だね。で、呪文は?」
問われリサコは指先で地面に古代文字を書いた。
時代によって読み方も意味も異なる文字を
正確に理解し発音できなければ、呪文は使えない。
読み方を教えると、チナミは真顔で頷き姿勢を正した。
リサコが狙った石を標的に据える。
口の中で呪文を唱え、大きく杖を振りかぶった。
轟音が鳴り響き、目の前が真っ白に光る。
リサコは思わず目をつむり両手で耳をふさいだ。
体中に、なにか細かくて硬いものが、いくつも当たった。
恐るおそる目を開く。が、しばらくはチカチカしてなにも見えなかった。
ようやく目が慣れてくると、そこにあったはずの石がなくなっていた。
無意識のうちに腕をさすっていた。
目をやると細かな擦り傷や切り傷が、腕や脚にできている。
「リサコ、ゴメン!」チナミが駆け寄り、リサコの腕を抱いた。
チナミの放った雷が、石を粉々に砕いたのだ。
そのかけらがふたりを襲った。
よく見ると、チナミの腕や顔にも小さな傷ができていた。
「あっ、リサコ血が出てる!」
リサコの腕に掴んで、申し訳なさそうに顔を歪める。
チナミは、怪我をさせてしまったことに責任を感じているようだったが
リサコにとって、傷のことなどどうでもいいことだった。
「チィちゃん凄い!」
雷の威力に、思わず叫び声を上げた。
その2 その4