「今年の二月ごろから、狩場の森に魔物が棲みつくようになったんだって」
衛師団としては、特に悪さをするわけでもなく
夏までになんとかすればいいだろうと
そのまま放置していたということらしい。
ところが、である。そのころから熱病が流行りだし、よくよく調べてみると
発病者は狩場の森に近づいた者ばかりなのだということがわかった。
たまたまこの地に逗留していた魔術師に調査を依頼したところ
魔物の呪いが原因なのだと判明した。
病気を治すには、魔物を征伐するしかないのだと言う。
「アタシも診せてもらったんだけどね、確かにあれは薬じゃ治んないよ」
慌てた衛師団は精鋭を募って討伐隊を組織した。
だが、結果は魔物に近づくことすらできず、悪戯に病人を増やしただけだった。
「わかった!」モモコはそう言って膝をうった。
「病気を治すことから、魔物退治に依頼が変わったんだ!」
だから武器が必要なんだと納得顔のモモコに、マーサは力なく首を横に振った。
「じゃ、なにぃ?」
苛立ちげにいうモモコに、ミヤビが生気のない顔を上げ言った。
「来月末に、聖都から魔兵団が来るらしいよ、最新鋭の武器持って」
「えっ、だったらなんにも問題ないじゃん」
「おおありだよ!」そう言ってサキが体を起こした。
「三日もかけてさ、馬車駆ってやってきてさ、手ぶらで帰れるわけないじゃん!
……第一、わざわざ一緒に来てくれたマァに悪いし」
「アタシはいいよ、こんな豪華な部屋に泊まれたんだし」
室内を見回しながらマーサは言ったが
サキはそんなわけにいかないよと頬を膨らませた。
そこでサキたちは師団長に、自分たちが魔物を倒すことを提案した。
これは先方としても願ってもない、申し出のはず──だった。
ところが師団長の反応は違った。はっきりと口にはしないが
困ったような笑みを浮かべ、あからさまに迷惑がる様子が伺えた。
「こちらの手違いから、連絡が遅れたことは申し訳なく思っている。
だからこそ、こうやって部屋を用意し、ゆっくりしてくだされと
言ってるわけで……」
そう繰り返すばかりで、要領を得ない。
病に苦しむ者のことを考えれば、一刻も早く魔物を退治したいはずだ。
なぜ申し出を拒むのかわからなかった。
さらに食い下がるサキに、師団長は渋々狩場の森に入ることを了承した。
無論、魔物を倒せばそれなりの報酬を支払うと、約束もしてくれた。
ただし、そこでなにが起きても自分たちは関知しないし
責任も取れないと付け加えた。
ようするに、失敗した場合は黙って帰ってくれということだ。
「つまり、ウチら信用されてないのよ」
はき捨てるようにミヤビは言った。
我らでも敵わぬ魔物をこんな小娘に退治なぞできるわけがない。
師団長の嘲笑を含んだ目がそう語っていた。
ならば意地でも退治して鼻を明かしてやる。だが、手持ちの武器では──。
「そういうことね…で、どんな魔物なの?」
「なんだっけ」マーサが天を仰いだ。「サ、サ、サーマ…サ、サーミ……」
「サーミヤ?」
「そう、それ! なんでモモ知ってんの?」
マーサはモモコを指差し、大きな声を上げた。
「熱病を起こす魔物で、サーなんとかなんでしょ。サーミヤしかいないじゃん。
それねぇ、水に弱いんだよ。だから雨なんかが降ったら、すぐ死んじゃうよ」
魔物についてさらりと説明するモモコに、三人は感嘆の声を上げた。
武器屋なんだから、魔物の特徴や弱点を知っていて当たり前だと
モモコは主張したが、それほど優秀な武器屋だと思っていなかった三人は
驚きを隠せなかった。
「これじゃあ、確かにムリだね」
絨毯の上に並んだ武器を眺め、モモコは呟き立ち上がった。
「じゃあさ、モモが戻って取ってくるよ。えっと、キャプテンには氷の矢でしょ。
マァはぁ、水の精霊が宿った杖ね。あとミヤはねぇ、なにがいいかな…」
だが三人の意気は上がらなかった。サキが首を振りながら言った。
「それじゃあダメなんだよ。ウチら、遅くても明後日には
ここを発たないといけないの」
不眠不休で馬を飛ばしても、往復に三日は掛かる。
公式に魔物退治を依頼されたわけではない。
滞在期間を延ばしてもらうことなど、できなかった。
モモコは静かに腰を下ろした。
「水かぁ。水の魔法ならリサコ得意なのにね」
マーサがぽつりと言った。他の魔法はまだまだだが
水の魔法だけは上手に使いこなせた。
魔法の使えないハンター二人に、武器を持たない武器屋
それに知識は豊富でも魔力の低い魔導師。
よくもこれだけ役に立たない面子が集まったものだと、サキはため息をついた。
「近くにさぁ、武器屋とかなかったの? あとお城でなんか借りるとか」
モモコの問いに、「あるよ」とミヤビが即座に答える。
ここは有数の避暑地だ。城壁の外にも大きな街があり、武器屋もあった。
だが、そもそも魔物があまり出ない地であることに加え
皇帝の直営地が近いために武具取り扱いに制限が課されている。
三人は実際に行ってみたのだが、品揃えは小さな田舎町と大差なかった。
城で武具を借りるという案は、問題外である。
「そりゃ、武器ぐらいなら貸してくれるだろうけど…ねぇ」
ミヤビはそう言いながらサキに視線を送った。
「うん、討伐隊が全滅してるからね」
軍事のプロが失敗しているのだ。一介のハンターが同じものを使って
成功できるとは到底思えない。
「ちょっと待って」マーサが突然、口を開いた。
「討伐隊はさ、魔物が水に弱いってこと知らなかったんだよね」
サキが首を傾げた。
「うーん、どうだろ。確かに、話には出なかったと思うけど」
「もし、知らなかったとしたらさ、上手く武器を使えてなかったかもしれないじゃん」
「そっか、普通、水で魔物が倒せるなんて思わないもんね」
サキの顔が明るくなった。事態の飲み込めていないミヤビが
頭をかきながら眉を寄せた。
「えっ、どういうこと?」
「つまり、マァが言ってるのは水の魔法に優れた杖や剣があるのに
討伐隊が使わなかったから失敗したかもってこと」
「そっか、それはあるかも」モモコが手を叩いた。
「えっ、モモもわかったの? アタシだけ置いてけぼり!?」
自分の顔を指差しミヤビは三人の顔を見回した。
よし、と言ってサキが立ち上がった。
「とりあえず兵庫を見せてもらうだけの価値はあるってことだね。
明日の朝、師団長さんにかけあってみる」
「そうと決まれば、早く寝ろ……寝よう」
ぽかんとするミヤビの前を、「寝ろとか言っちゃった」と呟きながら
マーサが素通りした。
「モモ、一番乗り!!」
モモコが天蓋付きのベッドに駆け寄り、ダイブした。
サキとマーサも、それぞれ寝る支度を始めた。
「ちょっとぉ、みんなで納得してないで、ウチにも教えてよ!」
声を上げるミヤビに、銀製のロウソク消し片手にサキが声を掛けた。
「灯り消すよ。ミヤも寝る用意して」
「もう…」ミヤビは絨毯の上に体を横たえた。
「そこで寝るの? 消すよ、いいね」
サキの問いに、ミヤビはふてくされたままなにも答えなかった。
すでにマーサとモモコは二人並んでベッドに納まっている。
「……ミヤ…ちょっと…ミヤ……」
苦しそうに言うサキに、ミヤビは無言のまま顔を振り向けた。
シャンデリアの灯を消そうと、つま先立ちになって
ロウソク消しを掲げるサキの姿があった。
「これ…とどかないんですけど」