「疲れたぁ!」
倒れこみそうな勢いでミヤビは薬屋の扉を開けた。
カウンターの奥からパタパタと足音が聞こえる。
姿を見せたのは、マーサではなくリサコだった。
「いらっしゃいませー」
小首を傾げ精一杯の笑顔を見せる。ミヤビは這うようにして
リサコの元までたどり着き、両腕をカウンターの上に投げ出した。
「マァ居る?」
「どーいったご用でしょうか? ワタクシがおーかがいしましゅが」
笑顔のままそう言ってミヤビの顔を覗き込むリサコに
ミヤビは不機嫌な表情を向けた。
「言えてないじゃん。いいからマァは? 居ないの?」
リサコは体を起こすとふくれっ面でミヤビを見下ろした。
そして武器屋に顔を向け「ママァ!」と怒ったような声を上げた。
そのまま背を向け、わざと大きな足音をたてながら奥に歩き出す。
天秤や薬草などが置かれた机にたどり着き
ふんと鼻を鳴らして腰掛けたと同時に、マーサが現れた。
「ごめん、ごめん。今日さ、モモも居なくって」
カウンター内に仕切りがなく、行き来できるようになっているのは
不在のときに他の誰かが店番をするためである。
その恩恵に一番あやかっているのは、旅好きのユリナだが
モモコやマーサがそのことで不満を言ったことはない。
戻ってくるたびに、希少な鉱石や薬草を持ち帰ってくれるからだ。
「どうしたの、えらく疲れてるじゃん。夜のお勤め、まだ続いてるの」
「変な言い方しないでよ。そう、四夜連続。しかも、今日は朝から仕事」
ミヤビは力なく手を振った。
ゴブリンが現れるオリーブ畑の監視は、今も続いている。
彼女が言うには、昨夜はサキが代わりに赴く予定だったのが
別件が入ったため自分が行く羽目になったとのことだ。
さらに昼の仕事は荷馬車の警護で、想像していた以上にキツかったらしい。
「魔物なんて滅多に出るもんじゃないから、
荷台で寝てればいいって話だったんだけど
積荷って何だと思う? 牛だよ牛!
そこらじゅう糞だらけで横になんてなれやしない」
結局、立ったままウトウトしただけだと、ミヤビはぼやいた。
今夜もオリーブ畑に行くのかと訊ねるマーサに
ミヤビは頭をかきむしりながら頷いた。
終わりがあるとすれば、ゴブリンを捕まえるか
収穫の終わる秋なのだと答える。
「秋までじゃあたいへんじゃん、早く捕まえないと」
そんなことはわかってるよとミヤビは顔をしかめた。
「一応、チィが仕掛けてくれた罠があるんだけどさ、全然ダメ!
掛かるの待ってたら、キャプテンの背が伸びちゃう」
「ミヤの背ぐらいに?」
マーサがまじめ顔で訊くと、ミヤビもまじめ顔でかぶりを振った。
「ううん、クマイちゃん抜いちゃうぐらい」
マーサは目を大きく見開いた。「そりゃ、たいへんだわ」
「ところでさぁ、寝ないでも平気な薬ってある?」
「あるよ」マーサは即座に答え「どこだっけ」と呟きながら薬棚を探った。
待つ間、ミヤビはぼんやりと「十と五でぇ…十五だからぁ…」などと指折りながら
分銅と格闘するリサコを眺めていた。
「ねえ、あのコどんな感じ。ちゃんとやってる?」
リサコに聞こえないよう小声で訊ねる。マーサは薬棚に向いたまま応えた。
「がんばってるよ、店の手伝いも魔法も。
ただちょっと計算が苦手みたいなんだよね」
ミヤビに顔だけを向けて片目を閉じる。薬の調合などは、必ず後で確認しないと
とんでもないことになっているのだという。
「ママァーできたよぉ!」
リサコが小さな包みを掲げながら大声を上げた。
「アンタ、いつからお母さんになったの」
ミヤビが訊くとマーサは顔をしかめた。
「変ななつかれかたしちゃったみたい……見たげるから持っといで!」
リサコは頷くと机に散らばった包みをかき集め笑顔でカウンターまで掛けて来た。
その3 その5