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読売新聞『人生案内』を勝手に回答

読売新聞の朝刊に掲載されている元祖お悩み相談コーナーの『人生案内』。

沢山の回答者が、的確な(時に?)回答をされているので、じゃあ私も一言!というわけで、はじめてしまいました。

中途半端な時期からですが、どんどん回答しまくります。

ご期待あれ。

      ('-^*)/ 本日のお悩み (o^-')b


『母に捨てられたくない』


今回の回答者は、精神科医の野村 総一郎先生でした。


30歳代後半女性。

姉は、決断力があり物事をスパッと割り切れる、母と同じタイプ。

私は父に似て、うじうじと悩むタイプ。

自分さえ我慢すれば・・・という気持ちが常にあり、自分に自信が持てない。

姉に嫉妬してしまう。

母に捨てられるのでは・・・と不安。母や姉みたいになりたい。



引っ込み思案で、何にでも消極的で、そのくせ真逆の人がうらやましい。


憧れもあるし、殻を破れない自分に苛立ち。


思春期真っ只中にいるみたいなご相談。


ご相談者の生活状況が、まったく書かれていないので、ここは想像ですが・・・。



たぶん、ご家族でお暮らしで、独身。


だとすると、毎日の食事や掃除・洗濯はどなたがしているのでしょうか。



毎月決まった額を、ご両親に渡していたりとかしてますか。



つまり、物理的に『自立』しているかが、気になりました。



親に、少々異常なまでの「憧れ」を抱くのは、おかしくないと思います。


だって、ものの感じ方なんて皆同じだとは限りませんから。


職人技を憧れる、妻として頑張っている母に憧れる・・・等々あると思います!



ただ、「捨てられるかも」という恐怖感は、一体どこから来るのでしょう。



「もう、あんたみたいに消極的で、ドンくさい子、ハッキリしない子はヤダわ!」



と言ってお母さんが、30歳代後半のあなたを、家からポイッと「捨てる」のですか?



見放されて、あなたのご飯の仕度も、洗濯も掃除もしてくれなくなるのですか?



自分さえ我慢すればいい・・・とするのは、消極的なだけではなく、悪く思われたくない、自分がキッカケで、大事になるのは困る。といった、意味も含まれていると考えたことはありませんか?




自由に発言したり、割り切ってしまい、先に進んでゆこうとする勇気が無いと嘆いておられますが、全てがそんな人ばかりになってしまったら、世の中大変です。



じっくり考え、慎重に発言し、あれこれ迷うのも、知恵のある人間だからこそ。


行動を起こすタイミングが人とずれたりするのも、結局何も言えずにその場を退いてしまうのも、誰でもこの苦い経験はあるんですよ。


ないフリしてるだけ。カッコつけてるだけ。



カラオケのうまい人も、時に音程がズレます。


音痴の人も、構わず歌い続けていると、それが逆にみんなを和ませ、カラオケには欠かせない人材になるものです。



開き直るっていうと、乱暴な言い方ですが、


『私ってこうなんです。こういう不器用さも、私らしくていいでしょう?』



捨てられるとか、ご自分をゴミみたいに卑下していると、そういうあなたを利用しようとする輩が現れます。



その方が、よっぽど心配ですよ。


人の目を気にするのは、皆同じ。


気にしていないようにカッコつけているだけです。


でも時々、「あの人は他人の目を少しは気にした方が良いかもしれない・・・。」


と思うようなファッションの人もいますが・・・( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚


あなたももう充分大人なんですから、一人暮らしをして親離れし、大人の女磨きをしたほうが良いですね。


自分に自信満々な人なんていません。


内心皆、怯えているんです。


コミック「ぼのぼの」でのひとコマ。


ぼのぼの    「”ジリツ”していないと、どうなっちゃうの?」

すなどりネコさん「”ジリツ”していないと、体が臭くなって病気になっちゃうんだよ」

ぼのぼの    「しまわれちゃうの?」

すなどりネコさん「そうだよ。箱の中にドンドンしまわれちゃうよ」


自分自身のことは、全て自分でしましょう。

健康で五体満足な身体にうまれてきたのなら。















          ヾ(▼ヘ▼;) 本日のお悩み  \(*`∧´)/



『夫の手帳に女性の名前』


今回の回答者は、作家の久田 恵さんでした。


60歳代女性。

家族で商売をしている。会社ではいつも夫と顔を合わせる。

手帳や携帯電話にコンパニオンの女性や複数のデリヘルの番号があった。

商売をしながら姑の世話、子育て、夫に尽くしてきたのに。



お話の内容を読む限り、良くできた奥さん。


夫は出張の機会が多い商売のようですね。


自分の母親の面倒を看てもらい、子供たちも育て、家事も会社の経営にも関わっている妻は、夫にとって既に「妻」であっても「女」ではなくなっていたのでしょう。


外へ出てお金を持っていれば、男同士で楽しむのは、それがゴルフでもデリヘルでも、「遊ぶ」という感覚は同じなんです。


スポーツと同じ。


お座敷宴会で呼ぶコンパニオンには2種類あって、ひとつは本当にお酌してカラオケ歌って、というのと、もうひとつはそれにプラス、「脱いで触らせる」パフォーマンスがオプションで付くのがあります。


その中で、交渉しだいで別料金を払えば、個別でいいことがある。


それ以外の人は、ホテルへ帰り、デリヘル呼んで楽しむ。


まぁ、男は「遊びヘタ」だから、こんな低レベルなことしか思いつかないんです。


もっと知的な遊びができない、悲しい動物なんです。



悔しい気持ちがあるなら、少しそのあたりを突いてみてはいかがかしら。


最初、夫のどこに引かれたかを考えてください。


彼がまじめでお金持ちだから?


仕事一筋で、浮気しそうもなかったから?


顔が好みだったから?



でも、

夫が仕事一筋でも、趣味や幅広い文学的な知識に欠ける・・・ような人だったら?



夫が女を囲っていたのと、プロ相手の遊び止りだったのと、どちらがいいか?



おなたが、女として「おばちゃん」化していないか?



自分がまじめなら、相手も同じであるべき、と決め付けていないか?


今まで遊びもせずに、一生懸命尽くしてきたのに・・・も独りよがりなことにならないか?


遊べば良かったのかもしれません。チャンスもたくさんあったでしょうに。


妻がまじめでも、夫はそうじゃない。


それは、性の違いだけなんです。


当然、夫は妻に感謝しているし、ありがたいと思っていますよ。


それは、確かです。



あなたが好き勝手にすごそうと、毎日泣いてすごそうと、夫は変わりません。


男はその辺不器用で、これ以上どうやって謝罪すればいいんだ!とイラだつわけです。


一生消えることないこの「屈辱感」という雲は、何をしても晴れることはないと思います。



男って、そういう生き物なんです。



少しでもそういうチャンスがあると、とりあえずありがたく頂戴するんですよ。



それを「裏切り」ととるか、それは「性」の差です。



だって、あくまでも男にとっては「遊び」なんですから。



ご相談者は、男性で好きな俳優とかいますか?


その人も同じです。少しも変わりません。



男にとって、「妻」=「母親」。


母親にとって、「息子」=「男」。


※全ての人類がそういう感覚を持っているとは言いません※


ここは、「性」的にレベルの高い女性として、あちこちで「粗相」してきた夫にお仕置きする気持ちで、ヨーロッパ旅行でも要求して、一流のエステに行き、「女性」を磨いてください。



女性としての自分を取り戻しましょう。


そして、あなたも一生続けられる「趣味」を持ちましょう。


「時間」は優しい。と思えたら、雲も晴れます。



           (  ゚ ▽ ゚ ;) 本日のお悩み (=◇=;)


『曾祖母の死 今も悲しい』


今回の回答者は、作家の出久根 達郎さんでした。


19歳無職男性。小さな頃から両親と祖母が働いていたので、近所の曾祖母に預けられていたが、家族がいない時に亡くなってしまった。

未だに悲しみから抜け出せられない。



身内の死を体験し、その悲しみを知らない人々が多い中、多世代生活を普通にしているのは素晴らしいことです。



「死」というのは、必ず誰にでも平等に訪れるこの世の終焉です。



死なない人はいません。



日本は「神国」と言われ、海外のように宗教を語るという習慣がありません。


それが故、カルト教や新興宗教の温床になっています)


「Oh my God!」 普通に使う単語です。

「神様、仏様!」 普通に使いません。

むしろ死語です。


日本では「神」、「先祖」など、いわゆる辛気臭いのを嫌う傾向すらあります。


だから神社仏閣などで「誰それの教え」という、其々の宗派の教えを勉強する会などが開かれていたり、日曜教会へ行ったりする人はほんのわずかです。


ですから、普段から「人の死」を宗教などのフィルターを通して、家族で話したり、友人と分かち合ったり、理解するということもあまりみられません。

(あくまで無宗教の一般論)


人それぞれ、その人のやり方で悲しみ、懐かしみ、冥福を祈り思いはせるのが一般的な「供養」な気がします。




そこで、このご相談者ですが。



ナイーブなお子ちゃまで、曾祖母の懐が忘れられない甘ったれさん。



どこかの国のロックスターの葬儀が、コンサートのように始まり、嘘泣き茶番劇で終わったように、身内以外の人が悲しみ、肝心の身内の興味は「金儲け」というのよりは、純粋な悲しみだと思いますが。



友人もなく、もちろん彼女もなく、悲しみに浸ることで現実逃避している、ただの我がまま坊やですね。



親しい大切な、かけがえのない曾祖母を亡くしたのは当然、悲しく辛い。


曾祖母も君のことは、本当にかわいがって大切に面倒をみていたでしょう。

これからの成長が楽しみだという思いも込めて。



さて、その曾祖母は君のそんな「ニート生活」を見てどう思うかしら。


何でもいいから、真っ当に働き、生き生きした笑顔で働くひ孫の姿を見たいと思うのが愛情です。



いつまでも親を困らせ、働かずだらだらとしているのは、自分が死んだセイだ。



今、曾祖母は成仏できずにいるかもしれません。



君がこんな「腑抜け」になったのも自分が原因だ・・・と、悩んで読売新聞『人生案内』に手紙かいているかも。



君は、何でも人のセイにして、自分で自分をごまかしてきた。



君が悲しみから抜け出せないのは、曾祖母が亡くなったからじゃない。



自分を庇護してくれる人がいなくなったから。



勘違いしてはいけません。



働かない理由を、大好きだった曾祖母のセイにするなんてね。



人は死ぬまで働けることが幸せなことなんです。


働け!!