なにがって?

スポーツクラブの決算書作りです。

皆さんスポーツクラブやチームを運営するときに、サッカーが好きだから、プレーをしたいからという理由だけではチームは存続しません。

マネジメント(経営)をしっかりしないとそのチームやクラブは、3年か5年で空中分解してしまいます。

これからサッカーも外でできるぞと思っていたら、昨日まで暖かだったのに、今日は吹雪いています

明日から、サッカーに専念できます

エッ・・登山は

仕事しなきゃ・・・誰かガイドを依頼してーーーー今月は暇だよーー

指導しているチームが、結成4年目にして公式戦で初優勝いたしました。

U-11のフットサル大会です。

最初は、予選リーグを2位で通過するためにはどうするかと考えていたチームだったのですが、波に乗ったというか、予選リーグは1位通過。

決勝トーナメントも危なげなく決勝へ決勝は後半開始早々に2点を失ったのですが追いついて、延長で2点を追加。

結局予選リーグから6試合トータルで、得点20、失点3で優勝でした。

やはりGKを指導している身からすると、決勝までの5試合を失点1で乗り切った事が大きかったと思います。

危ない場面は、かなり多かったのですが、良い基本姿勢、良い準備をとにかく意識させ、集中が途切れなかったGKには賞賛のアプローズ!!!パチパチパチ

結成1年目2年目は出ると2桁負け、抽選会で我がチームと当たるのが決定すると相手チームから喜びの声が上がっていたのが、現在では、相手チームから落胆の声が出るようになって来ました。

全日本少年サッカーでは、3年目でベスト4、今年は優勝チームにPK負けでしたがベスト8

秋の大会では、今年ベスト4とコンスタントに成績を収めてきました

タレントが豊富な今年の6年生でしたが、頂点に立つということは出来ませんでしたが、今回初めて優勝という喜びを味わって、選手たちに伝えたいことは

「努力、練習は、絶対に行った人間を裏切らない」

という言葉です。

これからも頑張りましょう


大学に入学したては、正直サッカーにはあまり積極的ではありませんでした。

監督もいない、選手が集まって同好会のようにサッカーをやっているだけに見えて、正直レベルもそんな高くありません

酒を飲むことだけは,全国トップレベルでしたが・・・

4年生にキーパーがいましたが、そんなにうまくはありませんが、試合には出してもらえそうもなく、ちょっと腐っていました

ただ、サッカー部の同期生との付き合いの中で徐々に真剣にやるようになりそこそこがんばってやっていました。

1年の秋口に、セービングの着地の失敗から、足首を骨折。秋のリーグ戦の最後の試合をベンチから応援していました。

悲しかったです。ベンチから見ている試合は。

そのあとは、真面目にサッカーに取り組んで2年の北東北の秋のリーグ戦ではぶっちぎりで優勝。

仙台大学との東北王座決定戦で前半40分まで0対0

オフサイドでクロスボールがはいってきて、ホイッスルがなった瞬間空中で衝撃を感じました。

相手フォワードがホイッスルがなったにもかかわらずボールをキャッチした自分に体当たりしてきました

今であればレッドカードのプレーです

ホイッスルを聞いて、緊張が抜けていた自分は、古傷をまた骨折

後半、控えのキーパーが空中戦を制することが出来ず3点を失い敗退

試合内容は押していただけに、悔しかった

その後キャプテンをやり、まともにサッカーをやったつもりでしたが、東北のベスト4止まりでした

ただ、こんな真面目なサッカー部だったのにスキーと掛け持ち出来たかといえば、サッカーの練習が終わったあと、そのままスキー部の陸トレ合宿に行き、夜のトレーニングをこなすというように、練習にはなるべく顔を出してサッカーそのものがスキーのトレーニングにもなるということで掛け持ちを許してもらっていました

いずれ、不完全燃焼の大学時代でした

キャプテンのとき、練習はとにかく走っていました

自分では走るのが苦手なのですが、とにかく走っていました

下手だったら相手の倍走れ

そんな感じで練習していたら、副産物として大学の駅伝大会で初優勝しちゃいました

(ちなみにそれまで保健体育研究室がずっと勝ってました。陸上部がいるんだから当然)

その頃の体力つくりのメニューは、全力で走る距離を最低1日3000m

クーパー走もマネージャーが記録をつけて管理して手を抜けない状態に

そのほか、250mの坂道ダッシュを10本etc.

今なら絶対にやりたくないですね

その頃のチームメイトの皆さん、走らせてごめんね