大学に入学したては、正直サッカーにはあまり積極的ではありませんでした。

監督もいない、選手が集まって同好会のようにサッカーをやっているだけに見えて、正直レベルもそんな高くありません

酒を飲むことだけは,全国トップレベルでしたが・・・

4年生にキーパーがいましたが、そんなにうまくはありませんが、試合には出してもらえそうもなく、ちょっと腐っていました

ただ、サッカー部の同期生との付き合いの中で徐々に真剣にやるようになりそこそこがんばってやっていました。

1年の秋口に、セービングの着地の失敗から、足首を骨折。秋のリーグ戦の最後の試合をベンチから応援していました。

悲しかったです。ベンチから見ている試合は。

そのあとは、真面目にサッカーに取り組んで2年の北東北の秋のリーグ戦ではぶっちぎりで優勝。

仙台大学との東北王座決定戦で前半40分まで0対0

オフサイドでクロスボールがはいってきて、ホイッスルがなった瞬間空中で衝撃を感じました。

相手フォワードがホイッスルがなったにもかかわらずボールをキャッチした自分に体当たりしてきました

今であればレッドカードのプレーです

ホイッスルを聞いて、緊張が抜けていた自分は、古傷をまた骨折

後半、控えのキーパーが空中戦を制することが出来ず3点を失い敗退

試合内容は押していただけに、悔しかった

その後キャプテンをやり、まともにサッカーをやったつもりでしたが、東北のベスト4止まりでした

ただ、こんな真面目なサッカー部だったのにスキーと掛け持ち出来たかといえば、サッカーの練習が終わったあと、そのままスキー部の陸トレ合宿に行き、夜のトレーニングをこなすというように、練習にはなるべく顔を出してサッカーそのものがスキーのトレーニングにもなるということで掛け持ちを許してもらっていました

いずれ、不完全燃焼の大学時代でした

キャプテンのとき、練習はとにかく走っていました

自分では走るのが苦手なのですが、とにかく走っていました

下手だったら相手の倍走れ

そんな感じで練習していたら、副産物として大学の駅伝大会で初優勝しちゃいました

(ちなみにそれまで保健体育研究室がずっと勝ってました。陸上部がいるんだから当然)

その頃の体力つくりのメニューは、全力で走る距離を最低1日3000m

クーパー走もマネージャーが記録をつけて管理して手を抜けない状態に

そのほか、250mの坂道ダッシュを10本etc.

今なら絶対にやりたくないですね

その頃のチームメイトの皆さん、走らせてごめんね