羽生結弦を強くする“人間力”の高さ


歩き続けた苦難の道程と来季への誓い


苦難のシーズンを終えた羽生結弦。その言動から見える彼の強さに迫る【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】


「自分はありのままでいたい」


羽生結弦(ANA)の話を聞いていると、彼がまだ20歳の若者であることを忘れてしまうときがある。大勢の記者が集まる公式の場で、自らの意見を理路整然と述べる。質問に対して考え込むことはあるが、話し始めてからは言いよどむことがまずない。頭の回転が早いからだろう。質問の意図を瞬時に理解し、結論を先に言ってくれるため、非常に分かりやすい。つまりコメント力が抜群なのだ。

「自分はありのままでいたいと思っています」。彼はそう語る。今話したいこと、話すべきこと、話すべきではないことを判断し、言葉を発する。変に身構えたりはしない。五輪王者となり、自分の言葉がどれだけの影響力があるかは分かっているはずだが、そのスタンスは以前と変わらない。

 自身の演技後に語る内容は、その多くが課題や反省だ。今季はそれに感謝の気持ちが加わっている。この1年に起こったアクシデント(中国杯での激突、全日本選手権後の手術、世界選手権前の捻挫など)を考えれば、1試合も休まず出場できたのは奇跡的なことだった。

 グランプリファイナルと全日本選手権。彼が今季勝ち取ったのは、この2つのタイトルだ。3月の世界選手権は2位に甘んじた。世界国別対抗戦はショートプログラム(SP)、フリースケーティング(FS)ともに断トツの得点で1位になり、圧倒的な強さを示したが、その3週間前の悔しさはいまだに消えていない。

「五輪王者になろうが、世界王者を取られてしまったのは変わりないです。ISUのランキングのポイントを見ても五輪と世界選手権のポイントは一緒なので、それくらい大切な試合を落としてしまったのは悔しいですし、また来シーズンの糧にしていきたいです」

成功に対して浮かれることなく、たゆまぬ努力を続ける【坂本清】


自分に厳しく、他人には優しい

トップランナーとしての責任感。さらには頂点にいる孤独感。彼は自身の胸の内にうずまいているこうした感情をモチベーションに変え、今もひたむきに強くなることを求めている。過去の栄冠は関係ない。五輪王者だろうが、世界王者だろうが、その一瞬が終わってしまえば、また新しい1日が始まるのだから。

 彼が口癖のように語る言葉がある。

「今日は今日、明日は明日でいつもどおり全力を出し切りたい」

 成功に対して浮かれることはない。失敗した場合は、それを繰り返さないようにたゆまぬ努力をする。そしてその悔しさを忘れずに、次へのエネルギーとする。満足いく演技ができなかったからと言って、五輪で金メダルを取りながら「悔しい」と発言する選手はなかなかいない。

 卓越したスケートのスキルに加え、プレッシャーを力に変える強さ、有言実行。普段から感じるのはその“人間力”の高さだ。自分に厳しく、他人には優しい。それはたくさんの試練を乗り越えてきたからこそ、培うことができたものなのだろう。


全日本選手権では小塚(右)の好演を自分のことのように喜んだ【坂本清】


村上佳菜子を救った一言


 昨年末の全日本選手権での出来事だ。SPで6位と出遅れた小塚崇彦(トヨタ自動車)が会心の演技を披露した。ちょうどそのときミックスゾーンで取材を受けていた羽生は、大歓声を聞き、すかさず記者に逆質問をした。「ノーミスだったんですか?」。記者がうなずくと、柔和な表情を浮かべながら「良かった」と、一言そうつぶやいたのだ。

 けがの影響もあり、今季なかなか本来の実力を発揮できていなかった先輩を心配していたのだろう。順位が確定し、小塚と一緒に表彰台に上がる前には、握手をしながらまるで自分のことのように喜んでいた。

 村上佳菜子(中京大)は彼に救われた1人だ。昨年11月のNHK杯。村上は今季のルール改正に対応できず、ダブルループを3回跳んでしまうという規定違反を犯してしまった。翌日のメディア対応では、その質問が出ることは確実という中、村上と一緒に現れた彼が記者たちに冗談めかしながらこう伝えた。

「皆さん、ぜひダブルループについて聞いてあげてください」

 村上が「もう本当にやめて」と懇願したことで、記者たちからその質問が出ることはなかった。もし彼が先手を打たなければ、誰かがそれを聞き、村上の傷口はえぐられていたことだろう。

 今回、世界国別対抗戦でキャプテンを務める無良崇人(HIROTA)は、「本当はユヅ(羽生)の方がキャプテンにふさわしいんですけどね」と笑う。「僕は年齢が上だからやらせてもらっていますけど、ユヅは結果もそうだし、行動でもチームを引っ張っていますから」というのがその理由だ。


来季に向けた誓い


度重なるアクシデントに悩まされた今シーズン。彼は一体何を学んだのだろうか。

「いかに万全な体調で試合に臨めるか。また完全な状態でない中でもいかにベターな状態に持っていけるか。これが今シーズンを通した課題になっていたと思います。手術は仕方ないとして、自己管理不足と言うか注意不足と言うか、そこは皆さんが思っているより自分のせいだと思っています。ベストな状態にいかなくてもいいけど、ベターな状態にはして、毎回最低でもこれくらいの演技ができるようにしていかないと、これからますます戦っていくことが大変になるので、しっかり管理していかないといけないと思います」

 五輪王者として臨むプレッシャーは間違いなくあっただろう。しかし、けがや体調不良がありながらも彼はシーズンをまっとうした。そして「それは選手としての義務。自分は現役スケーターだから」だと言いのけた。たとえ試合を欠場してもどこからも文句は出なかったはずだ。むしろ多くの人が体を心配して「休め」と言った。しかし、彼はそれをよしとしなかった。

 思い起こせば、彼はこれまでも多くの困難に遭遇してきた。現在に至る道程にも必然の積み重ねがあったのだ。スケート人生の危機に直面した2011年。その翌年にはカナダに拠点を移し、慣れない異国の生活に戸惑いや寂しさを感じたこともある。だが、そうした経験が今の羽生結弦を形成する血肉となっている。

「来季も絶対に課題はいっぱい見つかるんだろうなと思います。また一つ一つ課題をクリアしていって、見るたびにうまくなったな、たとえジャンプの調子が悪くて決まらなくても、練習してきただけうまくなったなとちょっとずつでも思えるようなスケートをしていきたいと思っています」

 長い戦いを終えた彼は、最後にそう誓って会場を後にした。


(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)


筆者 = スポーツナビ

http://m.sports.yahoo.co.jp/column/detail/201504180001-spnavi?p=2