土曜日に熊本までお花見に行ってきました![]()
急に思い立っていったので、13時半ごろ出発、14時半くらいには最初の目的地の『黒亭』に到着![]()
15時半位に熊本城に着きました![]()
土曜日は福岡は満開に近かったのですが、熊本はすでに散り始めで熊本城の桜は6~7分まで減っていました・・・熊本でも満開の桜+城が見れると思ったのに・・・![]()
天守閣から( ̄▽+ ̄*)![]()
向こうに見える山々が阿蘇連山になります![]()
熊本城には4,5年ぶりくらいで、その当時にはなかった『本丸御殿』などが復元されていました![]()
熊本城は加藤清正が文禄・慶長の役で篭城のでの城の在り方を肌で感じ、その思いがこもった渾身のお城です![]()
関ヶ原に徳川側に付いた清正でしたが、豊臣安泰を見据え、豊臣秀頼を熊本城に迎え、徳川戦篭城に備えて、畳や木々まで食べられる素材にしたとか・・
大阪の陣前に清正は病死しますが、1620年まで生きていたら、歴史がどうなっていたのか・・考えるだけでも楽しい![]()
白と黒を基調にしたシンプルな外観ですが、何といっても『武者返し』と言われる、芸術的な石垣が特徴![]()
結局、お城の役目は江戸時代という太平の時代であったため、使われること無かったのですが、270年の時を経て歴史の表舞台に登場します![]()
西郷隆盛が指揮する日本最大最後の内戦と言われる『西南戦争』です![]()
結局は本丸は熊本城戦3日前に謎の失火(薩摩軍の放火とも・・)で焼け落ちてしまいますが、堅固な城内は落ちることなく、守られました。
西郷さんが、熊本城陥落を諦め、包囲を解いたときに『加藤清正公にやられた』とぼやいたとか・・![]()
ただこの『宇土櫓』は焼失を免れたため、加藤清正時代当時の面影を伝えています![]()
本丸御殿大広間は文献からその姿を忠実に再現しているみたいで、お殿様の居住にして、謁見する場所です![]()
『昭君の間』
中国前漢時代の美女『王昭君』が描かれているため、このような名前が付けられてますが、実は『昭君』=『将軍』の隠語とも・・・。
清正が秀頼の将軍になる決意を秘めたものかも・・・![]()
城内には加藤清正を祀った『加藤神社』があり、清正が植えた松など、ゆかりのあるものがそこら中に置かれてます![]()
思い立った時間が遅かったので、周りにある宮本武蔵や夏目漱石の旧居には行けませんでした・・![]()
熊本城に3時間くらい居たのがいけなかったのかも・・![]()
桜が少なかったのは残念でしたが、十分歴史を肌で感じることができ、リフレッシュできました![]()












