文責 ケンゴ
Israel and New Breedの曲ですね。
Israelはイスラエルのことですが、国名ではなくこの曲の作曲者の人名です。
ちなみに英語的発音ではイズレイエルです。(豆知識)
上原ヨシュア on stage in 大阪城ホール in 2010
*途中でヨシュア~ヨシュア~と聞こえるところがありますが、
それは
Yes,You are. Yes,You are
の空耳です!
Lord You are good, and Your mercy endureth forever,
主よ(神様)、あなたは善良な方で、あなたの慈悲は永遠に続きます。
Lord You are good, and Your mercy endureth forever,
主よ(神様)、あなたは善良な方で、あなたの慈悲は永遠に続きます。
Lord You are good, and Your mercy endureth forever.
主よ(神様)、あなたは善良な方で、あなたの慈悲は永遠に続きます。
Lord You are good, and Your mercy endureth forever,
主よ(神様)、あなたは善良な方で、あなたの慈悲は永遠に続きます。
People from every nation and tongue,
From generation to generation.
老若男女、世界中のありとあらゆる人々よ
We worship You,Hallelujah, Hallelujah,
私たちは神様あなたを賛美します。ハレルヤ
We worship You,for who You are,
私たちは神様あなたを賛美します。あなたはあなただからです。
We worship You,Hallelujah, Hallelujah,
私たちは神様あなたを賛美します。ハレルヤ
We worship You,for who You are,
私たちは神様あなたを賛美します。あなたはあなただからです。
And You are good!
神様、あなたは善良な方!
You are good, all the time,all the time, You are Good.
あなたはいつもいつも善良な方。
You are good, all the time,all the time, You are Good.
あなたはいつもいつも善良な方。
Lord You are good, and Your mercy endureth forever,
Lord You are good, and Your mercy endureth forever,
Lord You are good, and Your mercy endureth forever,
Lord You are good, and Your mercy endureth forever,
People from every nation and tongue,
From generation to generation.
We worship You,Hallelujah, Hallelujah,
We worship You,for who You are,
We worship You,Hallelujah, Hallelujah,
We worship You,for who You are,
For who You are,
For who You are...
And You are good!
全国3ヶ所、4ステージにてつなぐ、S.M.S GOSPEL CHOIRのチャリティコンサート「Available To You」
本日の名古屋で、最終ステージです。
4/30 東京-池袋アムラックスホール
5/14 神戸オリエンタル劇場
5/22 名古屋-カルチバ新川 文化ホール
東京から始まったこのツアー。
今回はどの拠点のリハも同時に進行していて、ライブも同じ時期に同じものができて、
故にこうして、普段と違う拠点のライブにも参加することが出来ました。
(違っても参加してたけど。。。笑)
私はこういうつながりが好きで、
今回は全ステージに立たせてもらいます。
しかも今回はどのステージでもジャンベやタンバリンもたたかせてもらい、感謝です。
東京のライブと神戸のライブは、
当たり前なんだけど、
場所も音響も、バンドも、クワイアのメンバーも、お客さんも全部違う。
でも、震災により支援が必要な地域を思い、1人1人の力は小さいけれど、
みんなでひとつになって、できることから始めるんだ!
という気持ちの上では、「同じライブ」だったと思います。
そして、それは、今日これから皆が集う、名古屋のライブでも同じはず。
東京のメンバーの想い、
神戸で共に歌ったメンバーの想い、
それをちゃんと名古屋につなげて、
ご来場いただく方々にもきちんと伝わるステージにしよう!
もう少ししたら名古屋へ向かいます。
とても楽しみです!
akubi@東京
本日の名古屋で、最終ステージです。
4/30 東京-池袋アムラックスホール
5/14 神戸オリエンタル劇場
5/22 名古屋-カルチバ新川 文化ホール
東京から始まったこのツアー。
今回はどの拠点のリハも同時に進行していて、ライブも同じ時期に同じものができて、
故にこうして、普段と違う拠点のライブにも参加することが出来ました。
(違っても参加してたけど。。。笑)
私はこういうつながりが好きで、
今回は全ステージに立たせてもらいます。
しかも今回はどのステージでもジャンベやタンバリンもたたかせてもらい、感謝です。
東京のライブと神戸のライブは、
当たり前なんだけど、
場所も音響も、バンドも、クワイアのメンバーも、お客さんも全部違う。
でも、震災により支援が必要な地域を思い、1人1人の力は小さいけれど、
みんなでひとつになって、できることから始めるんだ!
という気持ちの上では、「同じライブ」だったと思います。
そして、それは、今日これから皆が集う、名古屋のライブでも同じはず。
東京のメンバーの想い、
神戸で共に歌ったメンバーの想い、
それをちゃんと名古屋につなげて、
ご来場いただく方々にもきちんと伝わるステージにしよう!
もう少ししたら名古屋へ向かいます。
とても楽しみです!
akubi@東京
S.M.S GOSPEL CHOIR を立ち上げてもうすぐ5年になります。
そんな僕がゴスペルを始めたのが13年前。
それ以前も歌っていたことは歌っていたのですが、ソロでライブをやっている時に、
たまたま選んだかっこいい曲が偶然にゴスペルだったというだけのことで、
それこそ歌詞の意味を考えたり、神様やジーザスを意識したりというものではなかった。
ちゃんとゴスペルと向き合うようになったのは、クワイアというものを知ってから。
(これもクワイアと読むと知るまでは、シカゴ・マス・チョイアって何?って感じでした。)
でも歌詞の意味を知れば知るほど、「これって俺が歌ってもいい歌なん?」という
迷いが大きくなり、よくある話だけど「後ろめたさ」を感じながらたまに歌ってました。
基本的にはSOUL MUSICを歌っていたので、愛がどうのこうの・・・みたいな曲ばかり
ライブではやっていたけれど、なぜか忘れた頃にゴスペルは僕の前に現れるようになった。
その頃の僕は絶好調で、どんな声でもそれなりに真似が出来る柔軟でタフなノドを
持っていたので、ゴスペル曲も他のものと同じように技術だけでコピーしていたけど、
そっくりに歌っているつもりなのに、録音して聴いた自分の歌は遠くかけ離れた仕上がりで
それが悔しくてムキになって練習し始めたのが33歳の時でした。
練習しても、どれだけ似せても、なぜかゴスペルだけは納得のいく仕上がりにならない。
そしてとうとう僕は、その原因が歌詞の内容にあるのではないかと考えて、本屋さんで
聖書を購入して読み始めました。
しかしなんの予備知識も無く、まだインターネットも今ほど検索が簡単な時代では
なかったこともあり、僕にとって聖書はまったく面白い読み物とはならず、
「広辞苑」などと同じブック・スタンド代りになる分厚い本になろうとしていました。
でもそんなときに、不思議なことにまた僕をゴスペルに呼び戻すように友人の一人が
「教会に行ったらタダで聖書のこととか教えてくれるらしいで」と情報をくれました。
僕はそのとき、キリスト教にはまったく興味はなく、ただ単に音楽としてゴスペルを
上手く歌えればそれで良かったので、「2~3回教会に行って聖書の読み方だけ教わったら
行くのをやめればいいや」という軽い気持ちで家の近くの教会に通いました。
その教会はまだ出来たばかりで、教会員さんは10人もいなかったように思います。
しかもみんなお年寄りばかりで同年代は一人もいなくて、僕は完全に場違いなところに
顔を突っ込んでしまったと思い、礼拝の途中で帰ろうかとさえ思ったんですけど、
僕が飛び込みで教会に来たことを、おじいちゃんやおばあちゃんがすごく喜んでくれたので
なんか帰り辛くなってしまい、仕方が無いので最後まで座ってました。
礼拝が終わった後、「なぜあなたは今日ここに来たのか?」と聞かれたので、僕は正直に
音楽のためにきたと答えたんだけど、僕が信仰に興味が無いと知ればこの人たちも僕への
興味が無くなると思ってたらまったく逆で、「クリスチャンじゃない人が賛美歌を趣味で
歌う日が来たとは、すごい時代になったもんだ!」と喜んでくれました。
もしここで教会のクリスチャンの方から「拒絶の空気」を出されていたら、たぶん僕は
いまのようにゴスペルに向き合うことなく、ブルースやソウルを歌っていたと思います。
あのときに異質な存在の僕を受け入れてくれた数人の教会員の方たちは、特別に柔軟な
心を持っていたわけではなく、きっと「優しかった」んだと思います。
僕はその後、実家を離れ、その教会に行くこともなくなりましたが、あの時に皆さんが
受け入れてくださったことは、とても新鮮な驚きであり、ゴスペルという音楽がもつ
メッセージをちょっと真面目に考えてみようと思えた大きな出来事でした。
ジーザスは何もわかっていなかった僕に、わかりやすく道を示してくれました。
そんな僕がゴスペルを始めたのが13年前。
それ以前も歌っていたことは歌っていたのですが、ソロでライブをやっている時に、
たまたま選んだかっこいい曲が偶然にゴスペルだったというだけのことで、
それこそ歌詞の意味を考えたり、神様やジーザスを意識したりというものではなかった。
ちゃんとゴスペルと向き合うようになったのは、クワイアというものを知ってから。
(これもクワイアと読むと知るまでは、シカゴ・マス・チョイアって何?って感じでした。)
でも歌詞の意味を知れば知るほど、「これって俺が歌ってもいい歌なん?」という
迷いが大きくなり、よくある話だけど「後ろめたさ」を感じながらたまに歌ってました。
基本的にはSOUL MUSICを歌っていたので、愛がどうのこうの・・・みたいな曲ばかり
ライブではやっていたけれど、なぜか忘れた頃にゴスペルは僕の前に現れるようになった。
その頃の僕は絶好調で、どんな声でもそれなりに真似が出来る柔軟でタフなノドを
持っていたので、ゴスペル曲も他のものと同じように技術だけでコピーしていたけど、
そっくりに歌っているつもりなのに、録音して聴いた自分の歌は遠くかけ離れた仕上がりで
それが悔しくてムキになって練習し始めたのが33歳の時でした。
練習しても、どれだけ似せても、なぜかゴスペルだけは納得のいく仕上がりにならない。
そしてとうとう僕は、その原因が歌詞の内容にあるのではないかと考えて、本屋さんで
聖書を購入して読み始めました。
しかしなんの予備知識も無く、まだインターネットも今ほど検索が簡単な時代では
なかったこともあり、僕にとって聖書はまったく面白い読み物とはならず、
「広辞苑」などと同じブック・スタンド代りになる分厚い本になろうとしていました。
でもそんなときに、不思議なことにまた僕をゴスペルに呼び戻すように友人の一人が
「教会に行ったらタダで聖書のこととか教えてくれるらしいで」と情報をくれました。
僕はそのとき、キリスト教にはまったく興味はなく、ただ単に音楽としてゴスペルを
上手く歌えればそれで良かったので、「2~3回教会に行って聖書の読み方だけ教わったら
行くのをやめればいいや」という軽い気持ちで家の近くの教会に通いました。
その教会はまだ出来たばかりで、教会員さんは10人もいなかったように思います。
しかもみんなお年寄りばかりで同年代は一人もいなくて、僕は完全に場違いなところに
顔を突っ込んでしまったと思い、礼拝の途中で帰ろうかとさえ思ったんですけど、
僕が飛び込みで教会に来たことを、おじいちゃんやおばあちゃんがすごく喜んでくれたので
なんか帰り辛くなってしまい、仕方が無いので最後まで座ってました。
礼拝が終わった後、「なぜあなたは今日ここに来たのか?」と聞かれたので、僕は正直に
音楽のためにきたと答えたんだけど、僕が信仰に興味が無いと知ればこの人たちも僕への
興味が無くなると思ってたらまったく逆で、「クリスチャンじゃない人が賛美歌を趣味で
歌う日が来たとは、すごい時代になったもんだ!」と喜んでくれました。
もしここで教会のクリスチャンの方から「拒絶の空気」を出されていたら、たぶん僕は
いまのようにゴスペルに向き合うことなく、ブルースやソウルを歌っていたと思います。
あのときに異質な存在の僕を受け入れてくれた数人の教会員の方たちは、特別に柔軟な
心を持っていたわけではなく、きっと「優しかった」んだと思います。
僕はその後、実家を離れ、その教会に行くこともなくなりましたが、あの時に皆さんが
受け入れてくださったことは、とても新鮮な驚きであり、ゴスペルという音楽がもつ
メッセージをちょっと真面目に考えてみようと思えた大きな出来事でした。
ジーザスは何もわかっていなかった僕に、わかりやすく道を示してくれました。