漁父 -9ページ目
つい買ってしまった。
かなりの金額になった。
生活が…。
子産は上巻読み終えたから。
これはまぁ、理由あって。
これは図説されてて、
面白そうそうだから。
これは友人にamazonで、
レビューが気になって。
これは時代ごとの中国の地図。
それと周辺諸国の関係なんかが
読みやすかったから。
またしても宮城谷さんの本
さっきの「子産」は『鄭』という
国が舞台で〈夏姫〉はその
鄭の一族関連だもんで。
論語、孟子、荀子、
韓非子と言う流れで、
時代の変遷と、思想
の変化を理解するため。
順番に。
合計がとんでもない
金額になった。
七月よ、早く来い。
孔融は追われる
張倹を家に泊めた。
その後、事が露呈。
役人が逮捕しにくる。
張倹はなんとか脱出。
しかし孔褒、孔融兄弟は
捕まった。
どちらが犯人だか
わからない。
この「犯人」は逃走の
手助けしたからだろうね。
どちらが犯人かわからない。
融が言う、
「咎人を受け入れたのは
私でございます。私を
罪して頂きたい」
褒が言う、
「いや、張倹は私を頼ってきた。
弟には何の罪もござらぬ。
どうか私を罪してください」
と。
役人は困り、
二人の母親に問うた。
すると、
孔褒・融の母
「家の事は一番年長の
私に責任がございます。
どうか私を。」
と言う。
一門すべてが、
「私を」
と言う。
役所では困って
決められない。
とうとう朝廷に
伺いを立てた。
詔書が下り、
遂に孔褒を
罪人とした。
それから三年後、
孔融16歳の時。
山陽郡の張倹なる人が、
中常侍の侯覧の恨みを
かった。
侯覧は宦官。
当時は宦官、外戚の力が
かなり強い。
官吏登用とかでも、宦官に
気に入られるように、
たくさん貢物おくって官に
推薦してもらったり。
閑話休題。
侯覧は匿名の告発文を
作らせて州郡に降し、
張倹を逮捕させようとした。
張倹は孔融の兄の孔褒と
旧知の仲。
孔褒を頼って逃げ込んだ。
しかし孔褒は不在。
張倹は孔融が子供なので、
事情を話すに値しないと。
孔融は彼の困り切った
表情をみてこう言った、
「兄は留守ですが、
私でも相手が出来ぬ訳は、
ありますまい。」と。
孔融はそのまま彼を引き
留め、泊らせた。
さっきの話が十歳の時。
それから三年後、
孔融の父、孔宙が
なくなった。
融は悲しみにやつれた上、
度を過ぎた精進のため、
痩せ細り、人に支えられねば
立てぬ有様。
郷里の人はみなその孝心に
感心した。
生まれつき学問好きで賢い、
あらゆる書物をよみ漁った。
さて孔融が父の孔宙と
ともに上京したとき、
威厳があり、妄りに、
人に会わないという
李膺なる人がいた。
李膺は門衛に、
「当世の名士か、
先代から親しく
交際している
家の者でなければ、
取り次ぐな」と。
孔融は李膺が
どんな人物か
知りたくなった。
そこで孔融は
門衛にこう言った、
「私は李様のご先代から
懇意に願っております家の
倅でございます」と。
門衛がそれと告げる。
李膺は孔融を請じ入れた。
李膺が融に向かって言う、
「そなたのお祖父様とは、
なにか御縁がありました
か。」
融が答えて言う、
「そうです。わが先代の
孔子はあなた様のご先祖
の李老君と同じ道にいそしみ、
師弟の中でございました。
それで私の家とあなたの家は
代々のご昵懇でございます。」と。
老子の姓は李
であるから、
実際は違うけれども、
それと見立てた。
孔子は老子に、
礼を問うたことがある。
座の者はみな感心した。
一応繰り返すけど、
孔融十歳の時の話ね。
太中大夫の陳イが
遅れてきた。
座の者が先の事を
彼に告げた。
陳煒がいった、
「一般に、幼いころ
利発な人は、大きく
なるとかならず、
大したものにならない」
といった。
融が言う、
「仰せの通りですと、
あなたも幼いころは、
さぞ、お利口でいらした
でしょうね。」と。
十歳の子に
「幼いころ…」
なんていってる、
陳煒は大した人物で
なかっただろうね。
逆にこれに鋭い切り返し。

