つづき。



……三日して、

虎賁中郎将に栄転。


その後、董卓が少帝を廃し、

献帝を立てた。189年ね。


孔融は董卓の諮問に、

答えるついでに必ず諫言する。




諫言(かんげん)と讒言(ざんげん)


諫言…人の過失などを指摘して

    忠告すること

讒言…事実をでっち上げ、人の事を

    悪く言うこと



閑話休題。


孔融がまっすぐに諫言するもんで、

董卓は議郎に左遷。


虎賁中郎将は近衛連隊長、

2千石くらい?


議郎は600石くらい。



さて、侍御史になった孔融は、

御史中丞の趙舎と気が合わ

なかった。



ついに病気と称して家に帰った。


その後、召されて司空の属官になり、

北軍中候に任ぜられた。


三日後、虎賁中郎将となる。

さて。


孔融は兄を頼ってきた

張倹を匿い、結局、

兄の孔褒が処刑される。



州や郡から招聘されたが、

就職しない。


その後、司徒の楊賜の

役所に召される。


孔融は宦官の親族を

数多く摘発。


尚書は相手が後宮の

お気に入りなのを恐れ、

属官を呼び出して叱責した。


孔融は該当者の悪事を

詳しく述べ、主張を曲げ

なかった。



尚書・・権力が強い、

    孔融の上司と思って

    くれれば。


河南尹の何進が大将軍に栄転。

(最も実力ではない)


楊賜は孔融を使いにやった。


孔融は名刺をだし、祝辞を

述べた。


しかし、何進は孔融をすぐには

通さなかった。


孔融は名刺を奪い返し、


役所に帰ると、


辞表をたたきつけて去った。



何進は恥をかかされたと思いこみ、


ひそかに刺客を雇い、交友を殺そうとした。


しかし、客の一人が何進に、

「孔文挙は天下の名士。

閣下がもしかれを殺せば、

四方の士は、背を向けて

去るでしょう。


いっそこれをお許しになり、

手厚くもてなせば、閣下の

度量を天下に示すことに

なります。」


何進は「なるほど。」

と思い、大将軍を拝命すると

孔融を召し、侍御史に任じた。

「ハンムラビ法典」てさ、

高校の時やったけど、

結局「法を定めた」って

ぐらいしか知らんし。

興味も然程。



でさ、

ついこの間、本屋で

訳本を見つけてさ、

読んでみたら結構

面白かったんで一部。



一応知られてるのは、

「目には目を」のあれ。





「もし他人が家に

不法侵入してきたら

そいつを殺して、

投げ出していい」



とか



「泥棒が捕まえられなくて

盗まれた物を証明できる

なら、その町の町長が

弁償する」



とか、



「火事で火消しに来たやつが

その家の物を取ったら、

そいつを火の中に放り込め」



とか



容赦ないね。



でも日本で言う情状酌量?

みたいのはしっかりあって、



例えば

罰金支払うことになった

として、その家に働き手の

男がいないとか、金が

そんなないとかした場合、

三分の一でいいとか。



結構しっかりしてるね。





閑話休題。



「牛が走行中人をつき倒して

殺したとしても牛には何の

罪もない」



とか。



「妻が他の男のために

夫を殺したとしたら、

妻を杭で刺し殺す」



とか。



基本「目には目を」なんで、

「殺したら殺す」になる訳

で…。

罪を犯したら、

償わなければならない。



誰の言葉だっけな。


『間違いを犯すことは誰にもある


間違いを認めない事が罪なのだ』


的な。



また誰か言うには、



『罪によって道を選ぶのではなく


選んだ道で罪を償う』


て。


しかし前提としてさ、

罪の意識がある奴がね。


逃げること、保身しか

考えない奴にこそ、


法罰があるのでは。



そもそも法令が細かすぎて


民衆に行き届いていない。


『えっ、そうなんだ』てなる。


法をつくっても、民衆に

行渡らねば意味はないのでは。


法三章にしろとは言わんけど…。





ところで、

日〇レのもと警視なんたらの

田宮榮○郎さんは、あれだね、


意味のないことしか

言ってないね。

ニュースでやったこととか、

分かり切ってることしか。


いるの?あれ。