『春秋左氏伝』を。





基は『春秋』という《魯》

という国を中心とした

中国の年代記であった。

『春秋』は「春夏秋冬」

から来ていて、転じて、

年代記を示す。


それを孔子が添削して

〈歴史の教科書〉として

つくりかえた。


この『春秋』に【注釈】

を加えた人が三人。


【注釈】

語句の意味や用法を

解説したり、補足的な

説明を加えたりすること



《左氏伝》というのは、

魯の左丘明。


《公羊伝》というのは、

公羊なんとか。


《穀粱伝》というのは、

…不明。


上記三つで「三伝」。



『春秋』の左丘明が

つけた注釈書で、

『春秋左氏伝』と。




分かりにくい。


「レッド・クリフ」も

そうだけど、三国志で

重要な、三国が交わる

土地の(荊州)


(荊州)の《荊》は

『いばら』の意味で、

いばらが多い荒れた

土地という意味らしい。



続き。

劉備が人払いして亮に言うには、
「漢朝は傾いた。悪臣が国権を
我が物にし、帝は都落ちされた。
私は身の程を知らず、天下に
大義を広めたいと思うが、何分
にも知恵足らず、とど賊をのさばらせて今日に至る。
しかし未だ志は挫けていない。
如何すればよいのだろうか。」



一旦。

「レッド・クリフ」やってるけど、


結局諸葛亮てどんな人か。




陳寿の「三国志」から。




劉備が新野に


駐屯してた時の話。




劉備の配下の徐庶が


劉備に目通りして言う


には、




「諸葛孔明とは眠れる


龍でございます。


閣下、会いたいとは


思われませんか」と。




劉備


「貴公、連れてこい。」




徐庶


「この人はこちらから会いに


ゆくことは出来ましょうが、


呼び寄せることはかないません。


むずから出向きください。」と。




そこで諸葛亮の家に出向いた。




前後三回行ってようやく会えた。








と。




なんかあっさり。










ちなみに『襄陽記』には、




劉備は当世の事を


司馬徽に問うた。




司馬徽


「儒者や俗士に当節の


政務が分かりますか。


それがわかるのは英傑


の士だけです。」と。




さらに、


「この辺には地に潜む龍、


鳳の雛がおります。」と。




劉備


「それは誰のこでとすか」




司馬徽


「諸葛孔明と?士元です。」




当世(とうせい)…今の世の中




俗士(ぞくし)…世間並の人


          つまらぬ人物




当節(とうせつ)…このごろ、今

三国志でさ、結局誰が


優れてたんかね。




魏の曹操、


蜀の劉備


呉の孫権




この三人だとさ、やっぱり


孫権は一回り劣るよね。




上から二人は死ぬ間際まで


それなりに賢人ぽさ失わん


かったけど、孫権はボケてボケて。




もともと優れてなかったのにね。




孫家はさ、


父孫堅 二人


兄孫策 一人


って奥さん少なかったけど、


孫権は結構いたね。


まぁ政略結婚だけど。


だからああなるんだろね。




もとよりそんなに


裕福でなかったもんが


皇帝にまでなったもんだから、


しょうがないんかね。




劉備は後裔だし、


曹操はもともと家柄も


そんなに悪くないし…。




やっぱ最後見ると、


どうしても孫権が劣ってる。