さて「史記」は何から、


どこから始まるか。




「史記」は黄帝らへん


から始まる。




「史記」は前漢の司馬遷


であるからしてもちろん、


それ以前の書物は読んだだろう。




「韓非子」には神話の有巣氏


(ゆうそうし)から始まり、


燧人氏(すいじんし)も書かれている。




司馬遷はこれをあくまでも「人」としての


自覚を持った時代から描く。




「韓非子」と「史記」の間を埋めるために、


司馬貞が「補史記」を書いた。


この内容は、いわゆる「三皇本紀」




要約して言うと、




時代的に、


まず「韓非子」の中の、


有巣氏


燧人氏




「三皇本紀」の




庖犠氏(伏犠)


女?氏(じょか)


新農氏


(所謂炎帝)




そして


「史記」の


黄帝から下




となる。

「史記」の話。




「史記」は未完成。




十篇が欠けている。




無くなったか、


もともとないか。




劉知幾は「未完成」だと。




憶測を呼ぶ原因と言えば、


武帝本紀がないから。




「紛失説」としては、司馬遷が


「史記」を書きあげたが、


「武帝本紀」に武帝の悪口が


書いてあったので抹消した。


とのこと。




「未完成説」としては、


単純に完成する前に亡くなった。




「史記」は司馬遷本人が出した


わけではなく、娘の子平通侯


楊・(よううん)が手を加えず、


そのまま。




はたして…。

子産 姓は公孫 名は僑


鄭の人 


鄭の穆公の孫として

生まれたので「公孫」


鄭は始め、陝西省にあったが、

後、周の東遷に伴い河南省に

移る。


要は最初長安付近

周が異民族に追われ

洛邑に遷都した際、

洛邑の方に領地がえ。

そこを新鄭とよぶ。


春秋はじめは、晋、

斉や楚より強かったが、

だんだん衰退し、

一時子産が宰相として

勢いを取り戻すも、

子産の死後再び衰え、

最後は韓に滅ぼされる。


ちなみに鄭が滅びたのは

戦国時代初め。

晋が三分しその中の

韓に滅ぼされる。


本屋で衝動買い



漁父


3000円



漁父

2900円


他にも二、三冊ほしかった


金が…。


漁父

本屋で少し立ち読みした。


この三國志はかなり良かった。


陳瞬臣てかなり本だしてる

すごい人だった。