日々是妄想 -19ページ目

連休にIN

暦どおりの連休にINであります。

しかし我が家は5月末に家賃の更新料を払わねばならず、

コレと言ってお出掛けもナシです。

午前中は家の中でくすぶっていましたが、あまりにもツマランので

近所に散歩に出かけることになりました。

雨も上がったので、青梅街道を東へ向かい

新小金井街道まで行ってみようと言う事になりました。

まぁ、私の通勤道なんですが、自転車で行くと良く分からない様子がわかって面白かったです。


新小金井街道まで出て、南へ行こうと思いましたが

どうも面白くなさそうなので、北へチョット行って多摩湖自転車道を小平駅方面へ行くことにしました。

以前に目をつけていた喫茶店に行ってみよう~ということで。

カフェーラグラス

ナカナカいい感じでした!バラの季節はいいでしょうね~

まだ蕾で残念!

お味の方は駅前の永田珈琲 のほうが美味しいかな?と思いますが雰囲気が明るくて気分が良いです。


隣はあじさい公園。

そこの用水路を覗き込んではしゃぐ子供が多いな~と思ったら

嗚呼久しぶりに見たよ、おたまじゃくし~~~~~~カエル


一息ついた後、駅前へ出て南へ。

ツータヤへ寄りましたら、チョットみたいなと思っていた邦画がレンタル開始になっており

家に帰った後、ネットのレンタル予約に入れようと思いましたら

「題名覚えた!絶対平気!!」と思っていたはずの題名が一個も思い出せないでヤンの354354


搾り出すように思い出した単語は

「サザン」・・・・・実は「サウスバウンド」

「東京散歩」・・・・「転々」

と、散々な記憶力でありました。

絶対に目撃者として名乗り出たりしちゃいけない人間です。

乗り越え踏み越えいくぜ!

食い物の恨み

私の父母は二次大戦中は小さな子供でした

父は田舎で(福島)母は静岡の浜松に家がありましたが、

天竜川の方へ疎開していたそうです。

疎開というと、いじめられたという話を良く聞きますが、

「都会(浜松)からきた子」ととても大事にされたそうで

食べ物がなかった以外は楽しい暮らしだったそうです。

(でもお父ちゃんが浜松大空襲の時の火傷が元で死んでしまったのですが)



で、その食べ物がなかったレベルが元でいまだに夫婦喧嘩になります。

「お父さんは田舎だったから食べ物はあった筈だ!」

「いやなかった!」



さて、

私夫婦も未だに学校給食の内容で喧嘩になります

同じ学年なのに、公立小学校と私立小学校とでは

給食の内容が違ったようです。

私はご飯がちゃんと出てきたし、スパゲッティも袋に入ってるんじゃなくて

絡まってない麺だったし~その時は先割れスプーンじゃなくてフォークが出たし~とか、言うと物凄く怒ります。

鯨なんて食べたことないわ~メルルーサだったもん~

と言うと「どうせアンタは!!!!」と捻くれます。

きっとジジババになってもこの話題になると喧嘩になるのでしょう。



未だに悲しく思い出されるのは

歩行器で迫ってきた○藻にペロペロチョコをぶん取られた事です。

大事に舐めてたのに~~~~~

婆になっても言う。