食い物の恨み | 日々是妄想

食い物の恨み

私の父母は二次大戦中は小さな子供でした

父は田舎で(福島)母は静岡の浜松に家がありましたが、

天竜川の方へ疎開していたそうです。

疎開というと、いじめられたという話を良く聞きますが、

「都会(浜松)からきた子」ととても大事にされたそうで

食べ物がなかった以外は楽しい暮らしだったそうです。

(でもお父ちゃんが浜松大空襲の時の火傷が元で死んでしまったのですが)



で、その食べ物がなかったレベルが元でいまだに夫婦喧嘩になります。

「お父さんは田舎だったから食べ物はあった筈だ!」

「いやなかった!」



さて、

私夫婦も未だに学校給食の内容で喧嘩になります

同じ学年なのに、公立小学校と私立小学校とでは

給食の内容が違ったようです。

私はご飯がちゃんと出てきたし、スパゲッティも袋に入ってるんじゃなくて

絡まってない麺だったし~その時は先割れスプーンじゃなくてフォークが出たし~とか、言うと物凄く怒ります。

鯨なんて食べたことないわ~メルルーサだったもん~

と言うと「どうせアンタは!!!!」と捻くれます。

きっとジジババになってもこの話題になると喧嘩になるのでしょう。



未だに悲しく思い出されるのは

歩行器で迫ってきた○藻にペロペロチョコをぶん取られた事です。

大事に舐めてたのに~~~~~

婆になっても言う。