昨日の趣味の教室の先生からの突然のお茶会のお誘い。
その後どうなったかというと、一人の人が「行きま〜〜す」
と返事をしたら、他の人もどんどん「行きまーす!OKです!」
がラインにドドド〜〜と押し寄せました。。。。
人間心理を考えれば当たり前だけど、「誰かが言うまで待つ」
は日本の文化だと思います。
この深層心理には周りに合わせる、良い言い方で言うと
周りと調和する。悪く言うと同じでなければ普通じゃないって事。
この日本で「普通」の言葉の意味は
「特に変わっていないこと、ごくありふれたものであること。
それが当たり前であること」
と出てくる。
改めてその意味を見ると、普通であることは誰でもない
と言うことですよね。馬鹿馬鹿しくありませんか?
時によっては大切な認識だろうけれど、
パーソナリティーに使うのは危険な気がする。
自分を大切にしていないって聞こえませんか?
じゃ、アメリカではどうだったかというと
生活の仕方ややり方で普通という表現はあるかと思うけれど
パーソナリティーにそれを使うことはないと思う。
自分が思ったことをきちんと言葉にしないと、
その人は存在していないとみなされますから。
別に議論しろっていうわけではなく、
何が好き、今何をしたい、気分がいい、不快、
などその時に相手が知りたいと思っていることを
率直に伝えるのが普通の人なのです。
周りの反応はその時一切求められないし、
空気も読まなくていい。
アメリカでは誰かを自分の尺度で批判したり判断することが
タブーなんです。思ってもいいけど、それを口にするのがタブー。
超失礼で、人を馬鹿にする行為なんですよね。
今日のまとめ、日本の空気を読んで場を見出さないのが普通に対して
アメリカでは自分の感じてること、思ってることを口にするのが普通。
日本では、周りと違うことを尺度に人を判断して外したりするのが普通
でもアメリカでは自分の尺度を相手に押し付けるのは超タブー。
場合によっては周りにコテンパにやられる可能性あり。。。。