今私は骨折して身体が不自由になった親を
介護している。
施設と自宅を行き来しながらだから
気が抜ける日もあるけれど、
介護とななんと体力、精神を暴力的に
奪う行為だろうかと思う。
母を介護するために日本に帰ってきているので
文句は言えない。
でもふと思う。
「私はこの人のことが大嫌いだ」と。
かつて、カウンセラーにそう言った時に
カウンセラーは如実にいけないことという
フィードバックを投げてきた。
私の母親との確執、苦しみを十分知っているが
よくない事と位置づけるものなのだろう。
私は母親の強い監視下のもと育ってきた。
母は私と自分は一心同体だと長いこと信じてきた。
私も、必死で母親の期待に応えてきたのだろう。
娘は自分の思ったように動く人形だったのだろう。
自分が果たせなかったこと、夢見ていることを
私を通して実現しようとしていた。
頭がいい、躾の行き届いた良い子。
周りから見て好ましい立ち振る舞いをする子。
立派な大学、会社に就職して、
立派な家庭の人と結婚する子。
言われなくても、ずっと感じ続け
自分を押し殺して母親の期待を一身に
受け止め続けてきた。
でも、本当の私は全然違う。
はっきりしているし、周りに合わせるのは嫌いだし
周りの評価なんてクソ食らえと思う。
どんなに母が私を理解せずに傷つけてきたか
母は全く考えたことがないと思う。
私に人格があるなんてそもそも考えてたこと
ないのではなかろうか。
親に受け入れられなかった子供の末路は
悲惨です。
私のメンタルが不安定なことが多いこと
周りからの評価を気にしないと思いつつ
すごく気になって傷つくことなどは
生育環境にあると思う。
随分と自己矯正したけれど
母の顔を見るたびに怒りが込み上げてくる。
「何でこの人の世話しないといけない?
一つも理解しようとしなかったこの人のこと』
そしてこういう母親はいつまでも勝手である。
介護されて当たり前、面倒見てもらって当たり前
育てたんだから、である。
あなたは自分の分身、私を見捨てないよね?である。
本当に何にもわかってない。
情けなくって仕方ない。
いつになったらこの呪縛が解けるのだろうか
と思う。