自分が周りから後ろ指を刺されるんじゃないか
と思うような状況になった時、
あるいは心に深い傷を負った時
人は色々複雑な感情を持ち、
ある意味異常な行動をすると思う。
精神疾患の家族がいる友達に
地元のスーパーに行けなくなった
と言われた。
ママ友に会って、「〇〇君、どうしてる?」
というたわいもない会話をするのが怖い
からだからだそうだ。
心理学的にいうとしたら、回避行動です。
私もママ友を完全に切ったし、
昔の息子の様子を思い出すと複雑な感情が込み上げ
昔の学校関係の知り合いに会うのは最悪の状況。
ヘラヘラ笑ってはいるが、決して連絡先は教えない、
誘わない、誘われないようにさっさと別れる。
そんなことを8年近くもやって
やっと「あーーもうこの痛みと生きてくしかない」
という心境に辿り着き始めた。
もう仕方ないのである。
時間は巻き戻せないし、息子も元には戻らない。
未来があるようでないようなものなのである。
同じような家庭環境の同じ年周りの人を
羨ましく思っても、本当にそうじゃないかもしれない。
みんな何かしら何かを抱えているし、
この痛みを代わってくれる誰かも
何かもあるわけがない。
この理不尽で、理解不能で、一生解けない難問は
自分だけの痛みなのである。
自分が引き受けるために作られたもの。
そういうことなんだなあと、
生きてくうちにはこんなこともあるって事か
と、思う心境に至りつつある。
でも8年で学んだ事もう一つは、
状況は同じで居続けることはない
という事。
どん底は一生涯続くわけではない。
息子だって、最悪の状態でダメだと思ったけど
まあ、まあ、会話できるようになった。
主人も私も死にたい気持ちだったけど
なんとなくお互い穏やかになった部分がある。
末っ子も社交不安で人と話すこともできなかったけど
今は全然である。
生意気な口は治らないが、人と普通に話して
一応働き始めている。(いつやめるかわからないが。。。)
だから、この痛みと生きていくことしか
ないのだと思う。
そうじゃなければ、物事も動かない。
静かに受け止めて、血が出てても
いつか止まると思って前に進む。
本当に辛い思いをした人は、
そういう生き方しかできないのかもしれない。