母の介護で日本に戻ってきてから2年近くが経つ。色々な事があった。

 

まず、会社を畳んだ。14年自分でやってきた会社。

 

小さな会社だったけれど、全力で挑んだ日々。

 

資金繰りや競合、価格競争に巻き込まれて本当に苦しかった。

 

今思うと、それが私の唯一のアイデンティティーになっていた。

 

それがいい意味でも悪い意味でも自分や家族に見えねいひびや亀裂を与えていたのだろう。

 

でもそれを失った時初めて人生で最大の後悔を感じた。

 

「やめなければよかった」恐らく、辞めるべきではなかったのだと思う。

 

人は自分のことが一番わかっていない。

 

同時に辞めなければ良かった理由が承認欲求である事も認めざるを得ない。

 

一歩外に出れば、社長なんて肩書は他人には全く見えないもの。

 

誰も私のことを「経営能力がある」「戦略的な思考ができる」

 

などと考えたり見たりしない。

 

そこら辺の普通の人なのだ。ちょっとおしゃれな人、そのくらいである。

 

社会に出ればほとんどの人は何も考えていないし(戦略的思考とか、経営学的視点から言うとである)

 

論理的に話す人を嫌う。

 

長く経営していた人間は論理的、戦略的にしか思考が働かない。

 

正直、ほとんどの人と話が合わない日々が続いていた事は否めない。

 

今までクルクル毎日働いていた思考がある日突然無意味なものになる恐怖と失望を分かってもらえるだろうか?

 

自分は社会に適応できないと宣告されたようなものだ。

 

でも今はそんな事はクソ喰らえだと思っている。

 

同時に、自分の頭の中がものすごく論理的、批判的に働いている事は自分だけの花園にしている。

 

恐らく分かってもらえないだろうと思う。

 

だったら死ぬほど孤独でいた方がいいんじゃないかと思う。

 

毎日色んな人に会い、会話はするがすごく境界線を引いている。

 

寂しい人生と評価されるなら、それはそれでいいと思う。

 

失ったもの大きさを思うと、自分と丁寧につきあことが自分を癒す方法かなと思っている。