4年近く飲んで全く効果がなかった薬、

オランザピンからアビリファイに変えて

何が起こったかというと

 

「離脱症状」

 

抗精神薬、向精神薬は急にやめたり

量を急激に減らすと「離脱症状」を起こします。

この「離脱症状」に対して今までの

主治医たちはは無知だったと思います。

変薬方法もとても雑です。

 

彼らの認識は「薬を変えたり、量を減らしたりすると

症状が悪化する。だから量を変更したり、

変えたりすることは危険なのでなるべく行わない。」

あるいは「離脱症状についての研究結果が少ないので、

数値としてはっきりしない。そのため科学的根拠

のない状況。」

ととらえているようです。

 

これはアメリカの精神科医療界のお話です。

 

この「離脱症状」を抜きに息子の3回目の入院の

過程は語れません。

何が起こったかというと、離脱症状を精神疾患の再燃と

信じ込んだ入院先の医師がセロクエルの大量投与、

症状が収まらないとなったら、今度はアビリファイの

大量投与を行ったからです。

 

余りにも結果が思わしくない医師、薬剤師チームが

最後の最後に手を付けたのが、息子の病歴と薬歴紹介です。

ここでチームの一の一人が

「こういった病薬歴の場合、オランザピンに戻すのが

一番いい。」

と提案して、オランザピンに戻してあっけないほど症状は

落ち着きました。

 

「離脱症状」という恐ろしさ。そして医師は離脱症状

という概念がないという驚きです。

 

変薬を試みた私たちが一番愚かだったのだと思います。

結局この入院で息子の妄想が悪化しました。

食べ物に対して妄想を持つようになってしまいました。

たぶん食べることとか、満足する状況に対して

何か不快なことがあったのだと思います。

 

息子が病院で食べることを拒否してしまったので、

生命の危険があるという判断から退院が許されませんでした。

1か月も入院していました。

アメリカでは通常2週間で退院させます。

 

久しぶりに見た息子は骸骨みたいになってしまい、

涙が出ました。

親って本当に勝手だと思います。

そしてこのころもまだ私たちは薬に対しての知識、

病気に対しての認識も薄く、息子の表に出てこない言葉

を理解することもできませんでした。

 

今思うと、なぜ治療が長引いてしまったのか理解できます。