ここで一句
未来の子
から借りている
地球ね
アメリカの先住民族のネイティヴアメリカンの方々たちは、地球は未来の子どもたちから借りている物だと伝えてきました。
我々はそもそも今現在の自分の事、世界の事ばかり考えて、自分の死後、1000年後に地球がどうなるかなんて余り考えません。
それは、自分の家族や子孫を思っても、1000年後の子孫をリアルに想像できないからです。
なぜなら、1000年前の過去の文化や歴史は学んで勉強できますが、未来の文化や歴史は学ぶことはできないからです。
もし、未来の文化や歴史を学べるとしたら、そもそも戦争は起きません。
それは、未来の戦争を予期(学ぶ)できたら、みんな戦争を止める方法を現在考えて、そもそも戦争をしないからです。
そもそも未来が予期できて戦争を回避しないのであれば、それは学びでもありません。
学ぶとは、過去若しくは経験から、より良き世界や時代を作り、不幸をなくし幸せになるために助け合うことです。
そして幸せを作るために戦争はあり得ません。
戦争は、相手の国を憎み殺し支配することですから、殺人を世界規模で肯定する行為であり、人間が最も行なってはならない過ちです。
過ちを改めざるを是過ちなり、と孔子は言いました。
過ちの字は、過去の過ですから、過去からしか学べないのです。
ですから、未来から学べたら現在が変わります。
それは、未来を想像して現在を変えていくのです。
その現在は、過去の人たちが未来を想像して作ってきた世界なので、いつも理想の途中です。
理想が完成したら戦争はなくなっていると思います。
今から1000年後、10000年後に現代の人々が世界平和を想像するように、1000年前、2000年前の人々も現在の世界平和を想像していました。
それは、ご先祖様を敬い子どもを可愛がるというサイクルで、唯一の間違いは、世の中には敵が居て、やっつけていいと教えることだけです。
敵が居るということを教えるのは、ヘイトを教えるということですから、自然と相手に敵愾心を持ちます。
敵を敵と思い、相手もこちらを敵と思えば、その先は争いしかありません。
それを打ち破るのは、究極は赦しですが、共生という方法で共存していくことはできます。
それは、日米を見ればわかりやすいです。
80年前に戦争をした国同士が喧嘩もなく、お互いの国でイチローや大谷翔平、曙やボブ・サップが活躍しているのです。
これは、赦しであり共生の時代になった証しです。
私たちはいつも家族中心に物事を考えます。
家族が地球のすべての人たちだと思えば、そもそも敵を教えません。
いつも地球がひとつの家族だと思って暮らしていきたいですね。
