アメバブログを色々読んでいたら
縁切り神社にいったことがありますか?という問いかけがあったので
コメントをせず、ネタとして頂戴して ブログ書いてます
私は、行きました。
隣の市にあって、
友達に付き合ってもらって、お参りしました。
本当に、心から離婚したかったのですが、旦那がめちゃくちゃなことを言って
話にもならないので、もうめんどくさすぎて
進めることもできず
毎日、毎日
〇ねばいいのに…と思ってました。
千回、〇ね!っていえば、〇ぬかなぁ、とか思ってましたね。
実際、一緒に暮らしている人から、こんなに嫌われてるのに、まだ別れないというのは
ほんとに、人をなめてるとしか思えませんよね。
おまえ、こっちがまともだから、無事なだけだぜ、って感じです。
これから先、こんなに嫌っている人間にまだかかわっていこうというのは
相手を、チリとしか思ってない証拠だと思うわ。
で、とりあえず、時期というものがあって、
旦那が、実家の資産を独り占めできる機会がやってきたところを
見計らって、離婚することができました。
借金しかせず、一円の貯金もない男が、何千万かのお金をするりと手に入れれば
ワタシに食らいついてることもなくなった、って感じでした。
この人、本当に、ある意味運が良いのです。
実家も私も、息子も、素晴らしくまともなので
犯罪者すれすれのところを生きながら、最後まで、誰かの恩恵を受けることができて、
金に困らない…
うらやましいわ。
とりあえず、怒涛のように離婚できたので、お礼参りに行きましたよ。
少ないけど
お金を包みました。
縁切り神社に行って真剣にお願いするくらいの決意、それが大切ではないかと思います。
私も、40年もの長い期間、モラハラとDVにさらされ、
それでも、立ち上がることができた、自分、よく萎えなかった、と褒めたいわ。
長いだけに、その環境をも手放せなくなる、って穴に落ちなくてよかった!
よく、病まなかった、と思います。
最後の15年くらいは、なんの努力も無駄、という、虚無感が強くて
今まで、いつか分かり合える日が来るかも、縁あって結婚したんだし、それをすべて否定するのは、むなしすぎる
なんて思ってたけど、
相手には、なんら響いてなかった、
という、そっちのほうの苦しみにもさらされていました。
そして、今、新しい目で、周りを見回すと
この場所からの脱出も考えたい気持ちになっています。