この日記は続きになっています、
前回までの話はこちら⇩
むらさき色で生まれてきた初対面の息子は、
泣き声を上げることもなく、
瞬時に、看護婦さんにどこかに運ばれて行きました。
体内から出た瞬間に連れていかれたので、
私は顔を一目見ることもありませんでした。
ただ、むらさき色の物体を両手にかかげて、
走り去っていく看護師の姿を見送っただけです。
あとで、話を聞いたところ、
息子は、新生児救急に連れていかれ、
酸素マスクされてたそうです(DV夫談)。
生まれた直後、息をしていなかったので、
あわてて、救急治療室に運ばれたんでしょうね。
まぁ、むらさきだったからね。
赤ちゃんというからには、赤いベビー想像してたけど、
むらさきだったからね(紫むらさきしつこいね!)
医師や看護婦からの説明も全くないまま、
手術台に取り残され、
息子を取り上げてくれた研修医に会陰を縫合してもらう。
ここまで、一切の麻酔なしです。
会陰縫合もかなり痛くて、
「痛いー痛いー」
「赤ちゃんどこ行った??」
「大丈夫なの?」
「生きてるの?」
とか必死に話しかけてたけど、
あんまり反応してくれる人も少なくて・・・。
縫合してくれた研修医は
「『痛い』って言ってるから、痛み止めしておいて」とか言ってたけど、
多分何もしてくれてなかった。
結局、無痛分娩も、最後まで麻酔が効くこともなく、
正常に投与されることもありませんでした。
不安な気持ちで、痛いのをこらえて、
「子供は~?大丈夫なの~~?」を繰り返してたら、
30分かけて会陰縫合してくれてた研修医が作業を終わり、
元いた病室に戻されました。
DV夫はどこかに消えていました。
それから30分ほどして、
新生児を乗せたカートが押されてきました。
DV夫も一緒に。
そして、「息子を初めて抱っこした!」と興奮気味のDV夫。
当然、出産直後の妻に対して「お疲れ様」の一言もありません。
初めて間近で見た息子は、ガリガリにやせ細っていて、
さきほど見たむらさき色ではなくなっていて、赤くなっていました。
赤ちゃんってふっくらプニプニを想像していたんだけど、
息子はガリガリでした。骨だけ、みたいな。
きっと、妊娠高血圧症候群で、胎児に
栄養がきちんと届いていなかったんでしょうね。
感動的な親子の対面どころか、
私は、硝酸マグネシウムの点滴によって、
全身の血管が焼けるほど痛い状態のまま、
息子を胸の上に置かれ、抱っこ。
ガリガリにやせ細った息子を見て、ショック状態で、
嬉しいという気持ちさえ出てこなかった。
そして、そういう自分に罪悪感と嫌悪感。
母親なら、「可愛い」って思うもんだ、って思ってたけど、
ショックで放心状態で、抱っこするような気持ちでもなかった。
でも、出産直後に連れていかれて、
不安に感じていたので、
「生きていて良かった」と思いました。
そして、後日知ることになるんだけど、
胎盤剥離していました。
息子がむらさき色で生まれ出てきた理由は多分これ。
それも、病院からの説明じゃなく、
2人目妊娠中に2人目の主治医の女医先生に
前の病院の出産時の履歴が見たいと言われ、
何度も前の病院に足を運んで書類を出してくれるように依頼して、
女医先生に渡す前に、履歴を読んだら
「胎盤剥離の可能性あり」って書かれてました。
これって、普通に医療ミスだと思うけど。
息子も私も無事だったから、今さら文句いうつもりもないけど。
しかも、麻酔技師がヘタ過ぎて、2人来ても、全く役に立たなかった。
まぁ、私が陣痛が痛くてジッとしてられなかったのも悪いんだけど、
出産を担当してくれた研修医の読みが悪い。
陣痛が来るタイミングを全く読めてなかった。
大体、急性妊娠高血圧症候群という高リスクの妊婦を
研修医に担当させる病院がおかしい。