先ほどの記事の続き。
うちの社員にJさんという人がいる。
うるさいくらいの元気キャラで、職場の活気づけ盛り上げている。
機械にも詳しく、台トラブルなども迅速に対応する
結構凄腕な社員さんだ。
普段は笑顔が絶えず、子供っぽい印象から
周囲からは憎みきれない人とも捉えられている。
が、彼にも欠点があって、
人の話を聞かないことが多いところ、自分の意見を押しつけがちなところ。
やや集中力が散漫で凡ミスの多い人でもある。
元気すぎて空回りし、それが周囲から疎まれることも、ままある。
俗に言う、”歩くKY”とはこの人のことだ。
先日、とあることで彼と言い合いになったことがあった。
自店では目標数字を社員、アルバイトを含む全スタッフで共通に掲げ、
その達成に向けて精進している。
その際に途中経過をインカムで入れたりするわけだが、
そこで問題が発生。
私が
「●●●(きりの良い数字)突破でーす!」
とデータ画面を見てインカムを入れる。
一同「了解しましたぁ~」やれ「突破~♪」やれ言って喜ぶ。
目標に少しずつ近づいていることを全員で認識するためのものだと思っていたので、
私は積極的にそうインカムで入れるようにもしていた。
しかしJさんがあわてて近づいてきて、
私に言った言葉。
「突破という言葉は、良くないから使わないで欲しい」と。
一瞬で理解が出来なかった。
そのときに捉えたのは「突破」と言う言葉の善悪についてだと思った。
しかし、そのとき私が考えたのは、
例えばCDでも何でも”セールス100枚突破!”という言葉は
自然と耳にしていたし特に悪い印象にも思ってはいなかった。
それでいて何故、そこまであわてて駆け寄ってきてまで
「突破は悪」と訴えたのかが、そのときは解らなかった。
そこでそのまま、どうしてそれが悪だと思うのか、
どういう目的でそれらを辞めさせようとしたのか、その経緯を聞いてみたが、
「おかしいと思わない?なんだか偉そうだし」
「絶対おかしいって俺は思うよ。他のバイトにも言ってくる!」
と言って他の従業員の元へ行ってしまった。
私からしてみれば、突然の出来事でかつ勝手に打ち切られ、
モヤモヤの不完全燃焼のさなかにいた。
「え?なんで?ってゆーか何だったの?」
って、嵐のように思ってた。
何故かと言えば、私の質問に対しての回答がないからだ。
それから私はずっとモヤモヤしていたので、
自分の感覚の偏りを疑って、同じ質問をバイト仲間の何人かに聞いてみた。
「突破の何が悪いのかいまいち解らんのやけど、どう思う?」と。
その返答もまた
「いいんじゃん?人それぞれの感覚の違いだし放っておけば?」
「ってかJさんが言い出したんでしょ?ろくなことない」
と言う結構ボロクソなものだったが。
それ故に更に疑問が解けずに悶々ともしてしまった。
冒頭で何故彼の人柄を書いたかには理由がある。
それは圧倒的に、Jさんを社員や上司として、職場の先輩として、人として、
アルバイトなどが尊敬したり頼ったりすることが悲しいことにほとんどないのだ。
「また何か言ってる」などでまともに取り合おうともしないこともある。
もちろんそれは彼自身にも問題はあるのだが、
周囲の彼に対する見方にも問題がないわけではない。
それは彼自身にも、周囲の人間にも、
共通して持つべきなのは”人間と真剣に接する意識”だからだ。
結局私は近くにたまたまいた彼(店長ね)に、その話をしてみた。
「今日Jさんがね、こんなこと言ってたんだけど、いまいち本意が解らんのよ。
本人には何回か聞いたんだけど返しが一点張りでね。
あなたはコレってどう思うのよ?やっぱ突破はいかんの?」と。
そこで、さすがは私が惚れた男。(関係ないがな)
ものすごくわかりやすい説明をしてくださった。
要するには、突破と言う言葉自体が悪いわけではない。
が、ここ最近のインカムでは
「突破~♪」と言う言葉に反応して言葉遊びを始める風潮も、実際にあった。
スタッフが面白おかしく次々と「突破~♪」「とっぱぁ~♪」と言う。
もちろん、数字の達成を前提においた上で、
その数字がどういう意味を持つのか、どれだけの事実の表れなのか、
それらを受け止めたあとの行動なら、まぁ問題はあまりない。
そうやって次を目指すとっかかりになり、それが活気につながるのなら。
結果としてそれは店舗と会社の成長につながっていくことだからだ。
そしてそれはあくまで、「プロとして」の盛り上げの一環に過ぎない。
だから、問題はあまりないと言った。
しかしそれが言葉の一つに反応してふざけているのだとすれば、
それは上記には当てはまらない。だから、問題になるのだ。
そして「突破」と言う言葉がそう言う風潮を持っている以上、
使うことは適切でもなければ、好ましくもない。
その現象を誘発する起爆剤にしかならないのなら、使わない方が良い。
そう、「突破」自体は無罪。悪はその使われ方にあったという経緯を知った。
大 納 得 !
あーすっきり。
と言うことでJさんの元へ行き、言ってた意味が分かったよと話をしに行った。
その少し前にJさんも彼の方から、
私がそのことで相談に来たことを聞いていたらしく、
(別に相談に行った訳じゃなかったんだけど、それは別にいいや)
「俺も伝え方が悪かった。ごめんな。俺説明へたくそで結構悔しいんだよ」
と言う風に言った。
私もそんな思いは今まで何度もしてきている。
私自身説明や伝えることが苦手で、
誤解を招いては弁解の繰り返しに嫌気がさすことも多々あった。
もちろん今回、私の聞き方が100%ベストだったのか?と言われれば
解らないがそうとは言い切れないかも知れない。
ただ彼が思い悩んでいるようだったので、
「自分がこう思う、ってだけを伝えるのではなくて、
例えば何で神野は疑問を持ってて、んでもって何が疑問なんだろう?
って考えてみて、聞いてみればいいと思う。
そしたら自ずと、自分が伝えるべきことも解ってくるんじゃない?
私は今日Jさんと会話をしてて、そんな印象を受けましたよ」
と答えた。
そうだね、これからはもっとお互い何考えてるのかよく知らないとね。
知ってた方が、よりいいからね。
と言って、笑顔でお疲れ様と言い合って帰った。
彼も言っていたし、私もそう思ったことは、
相手や物事への理解をきちんと深める努力をすることが
最良の結果をもたらすことが出来ると思う。
人と人の会話はキャッチボールの方が良いし、
バッティングセンターのようでは跳ね返すだけで終わってしまって
お互いの為にはならない。
そして良い結果も、往々にして生まれない。
張り合って口論したり話を放棄することが目的ではない。
上手く伝え合い、認め合い、協力してよりいい答えを出すことなどが
最終的な目的であることを忘れてはいけない。
そうするためには、相手への思いやりが不可欠だと思う。
それは会話でなくても同じことが言える。
様々な問題があったとして、その一つに焦点を向けるときに、
例えば表面的に「ここだ」と解って行動を起こすよりは、
横に回って深さを見たり、それがどんな形なのか、何故そこにあるのか、
それとつながるものは一体何なのか、種類はどんなものなのか等、
より良く見極めてからのアプローチの方が効果は絶大だろう。
例えば素敵な男が現れて、付き合いたい!と思ったときに、
「男だから大概可愛い女が好きだろう」と判断して急にかわいこぶったりするよりも、
「バイクが好き」「ロックが好き」「パチンコが好き」「猫が好き」「牛乳が嫌い」
と言ったことを把握しているだけでも、
例えばパチンコの話を積極的に振ったら男は楽しそうに話すかも知れない。
飼ってる猫の写真でも見せた日にはものすごく良い食い付きをするかも知れない。
実はクールな女の方が好きだったりするかも知れない。
そうやって仲良くなって交際に至るかも知れない。
まぁちょっと例えはどうかと思うが、
知ろうとすること、理解しようとすること、受け止めようとすること。
そしてそれを踏まえた上でにいかにアプローチに工夫が出来るかが
意外と大きな差を生んでいたりすると思う。
それがいかに仕事のことであっても、
”対人”である以上はそれを適応することは出来るはずだ。
今、市場、業界は落ち込んでいる。
自店も例外ではない、様々な問題を抱えている。
経済的には無理の利かないことももちろんある。
ただし、人の心は難しいが、有限ではない。そう言う意味では自由だ。
何かに気づいた以上、それらに向けて考えて知ろうとして、
自分でも行動を伴った上で足りない面を工夫しながらアプローチする。
それはプロとしての至上命題でもあると思う。
努力に終わりは、ないらしい。