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病室のドアは開いていた。
こっそり覗くと、桐沢さんはベッドで上体を起こして、私が忘れた調書を読んでいる。

入院着から伸びた逞しい腕、無骨な指、整った横顔。

(ああ・・・私、末期だな)

ただ、紙をパラパラめくって目を通しているだけなのに、特別魅力的に見えて、ドキドキしてしまう。

桐沢  『・・・・?』

視線に気付いたのか、桐沢さんは顔を上げて私を見つけた。

あず  『・・・・それ、私のです』

桐沢  『お前の字、ザツだな~』

あず  『・・・・い、急いでたんです!』

桐沢  『ここ、なんて読むんだ?』

あず  『・・・・か、書き直します!』

桐沢  『お前、古代文字が書けたとはな~』

あず  『こ、こだいもじって・・・・』

桐沢  『もしくは象形文字か?』

あず  『ひ、ひどい!』

身を乗り出して取り返そうとしても、ヒラリとかわされる。

あず  『けが人のくせに、なんでそんなに俊敏なんですか!!』

桐沢  『ははは』

あず  『返してください!書き直しますから!』

桐沢  『現代人にも解読できるようにか?』

あず  『そこまでザツじゃないはず・・・・っ!?』

桐沢さんが私の腕を掴んだ。

あず  『え?』

桐沢  『暴れるな』

桐沢さんが笑顔でそう言ったかと思ったら、背景がぐるんと回った。

あず  『!?』

驚いて目を見開くと、桐沢さんが私を正面から見下ろしていた。
体の上にズシッとあったかい重さを感じる。

(これは・・・・押し倒されてるってこと・・・・だよね?)

ぽかんとしているうちに、キスが降ってくる。

桐沢  『あず・・・・』

私を呼ぶ声と一緒に、舌がなんのためらいもなく、深く入ってくる。

あず  『き、桐沢さ・・・・』

上ずった声で呼ぶと、桐沢さんはゆっくりと顔を離した。

桐沢  『・・・・あず』

その表情は、ハッキリとした覚悟を滲ませているように見える。

あず  『・・・・はい』

桐沢  『俺のものになれ』

あず  『・・・・』

驚いて言葉も出ない。

桐沢  『俺だけのものになれ』

あず  『わ、私・・・・部下ですけど』

桐沢  『かまわない』

あず  『桐沢さん・・・・課長ですけど・・・・』

桐沢  『それでも、だ』

あず  『・・・・』

桐沢  『俺は・・・・櫻井を誰にも渡したくない。絶対に』

あず  『・・・・ほ、本当に・・・・?』

言葉と一緒に、思わず涙も零れる。

桐沢  『ああ』

桐沢さんの指が、頬に伝った涙をなぞる。

そしてまた・・・・私の唇を塞いだ。
零れた涙を、熱いキスが溶かしていった。

(・・・・桐沢さん)

頭の奥がしびれて、息が上がってくる。
私は、されるがままに目を閉じた。





唇を貪っていたキスは、首筋を伝って徐々に下へ移動していく。

桐沢  『・・・・へぇ、お前、こんなところにホクロあったんだ』

そう囁いて、胸元にあるホクロに、唇で優しく触れる。

あず  『・・・・・あ』

桐沢  『しっ』

また唇で口を塞がれる。
胸の焼けるようなときめきに支配されて、もう何も考えられない。

私の膝を割るように、桐沢さんの太ももが足の間に滑り込んだ。
乱れたブラウスの隙間から、手がまさぐるように侵入してくる。

桐沢  『・・・・あず・・・・』

切羽詰ったような吐息が、私の名前と一緒に漏れた。

(桐沢さん・・・・!)

コンコン。

あず  『!!??』

桐沢  『・・・・!!』

コンコン。
ノックの音が、信じられないくらいに大きく部屋に響いた。

桐沢  『・・・・!』

あず  『・・・・!』

桐沢  『(来い!)』

布団の中に押し込まれる。
桐沢さんは何事もなかったように、寝たふりを決め込んだ。


コンコン。

1人分のふくらみに見えるよう、
これ以上はムリっていうくらいに桐沢さんの身体に密着して、私は目をつぶる。

ガチャ

看護師2 『きりさわさ~ん?』

看護師1 『どうしたの?』

看護師2 『話し声が聞こえたような気がしたんだけど・・・・』

看護師1 『面会時間もう終わってるのに?』

どきん、どきん、と鼓動がうるさい。
緊張感と・・・・密着している桐沢さんの体温のせい。

看護師1 『え?ここ個室でしょ?あのいい男が入ってる』

(い、いい男・・・・)

看護師2 『そうなのよ。面会時間が終わってるのに、おかしいなと思ったんだけど・・・・寝てるみたい』

看護師1 『とか言って、抜け駆けして襲おうとしてたんじゃない?』

看護師2 『そんなわけないでしょ!』

看護師1 『アハハ』

遠ざかって行く看護師達の話し声。
さすがはナースシューズ、足音ひとつ立てない。
布団から顔を出すと、桐沢さんと目が合う。

桐沢  『騙されてくれた』

あず  『ヒヤッとしました』

桐沢  『でも俺、うっかりスイッチ入りかけた・・・・』

脱力したように、ゴロンと転がる桐沢さん。

あず  『す、すいっちって・・・・!?』

(何のスイッチでございましょう!?)

桐沢  『女には分からない事情があるんだよ、男には』

あず  『は、はぁ・・・・』

そこには深く触れずにいてあげることにした。
私は起き上がって、あおむけに転がっている桐沢さんの脇に腰かけた。

あず  『ていうか・・・・さっきの看護師さん、桐沢さんのこといい男って言ってましたね』

桐沢  『ふーん』

あず  『・・・・』

桐沢  『・・・・?』

あず  『そ、それだけですかっ!?』

桐沢  『・・・・は?それ以外のことが心配なのか!?』

あず  『嬉しいとか、ちょっと照れるとか・・・・人間らしい反応は!?』

桐沢  『うーん・・・・。正直、櫻井以外の誰に言われても、別になんとも思わない』

あず  『・・・・』

私以外の誰に言われても・・・・!?
なんだかすごい勢いで顔が熱くなる。

あず  『・・・・な、な、なんですか。遠回しな殺し文句ですか、それは。必殺技なんですか?』

桐沢  『何の話だ?お前、頭大丈夫か?』

(そうだ・・・・、この人、超鈍感なんだった!)

自分の放った言葉の殺傷能力にも気付いてない。

(こっちはこんなにときめいてるのに・・・・なんか・・・・ズルい)

桐沢  『櫻井?』

あず  『あれ?そういえば・・・・さっき、名前で呼んでくれませんでしたっけ?』

桐沢  『そうだっけ・・・・?名前で?』

あず  『そうです。スイッチ入りかけの時に』

桐沢  『・・・・』

桐沢さんはちょっと照れたように頭を掻いた。

桐沢  『あー、うっかり出たんだろうな・・・白状すると、実はずいぶん前から脳内では名前で呼んでた』

あず  『え!』

そういえば、時々何かの拍子に名前で呼ばれたことがあった気がする。
当たり前みたいに呼ぶから、気のせいかと思ってたけど。

あず  『・・・・どうして・・・・ですか?』

桐沢  『さーな。八千草がお前のこと名前で呼ぶから伝染ったつーか・・・・いや、やっぱなんとなく名前で呼びたかった・・・・のかな。多分・・・・よく分かんねーな』

ベッドにあおむけになって手足を投げ出したまま、桐沢さんは呟いた。

あず  『・・・・へんなの』

桐沢  『ハハ。だよな』

桐沢さんは寝っころがったまま私に手を伸ばして・・・・指で優しく頬を撫でた。

桐沢  『・・・・最初は、一生懸命で、ヤンチャで、子犬みたいな可愛いヤツだって思ってた。』

甘さを含んだ声だった。

桐沢  『かまいたくてしょうがないのは、犬みたいだからだって』

あず  『・・・・・・』

桐沢  『でも、違った』

桐沢さんはゆっくりと上体を起こして、同じ高さから私の目を見据えた。

桐沢  『本当は・・・・お前に、惚れてたからだった・・・・』

あず  『桐沢さん・・・・・』

桐沢  『お前が、好きだ・・・・あず』

あず  『・・・・・・・・』

桐沢  『俺の隣に居てくれ。昼も、夜も』

まっすぐなまなざし。
真剣な声。

やっぱり、私はこの人のことが・・・・・

あず  『私も・・・・桐沢さんが好きです・・・』

・・・・・やっと、素直になれた。

近付いてくる唇を、目を伏せて受け入れる。
熱い吐息を交わしてそっと離れると、見つめ合った。

桐沢  『昼間は部下と上司、夜は恋人っつーのも、色っぽくていいよな』

あず  『もう・・・・何言ってるんですか』

桐沢  『イヤなのか?』

あず  『意地の悪い事言わないでください!イヤなわけ、ないでしょ!』

桐沢  『ハハ』

桐沢さんの手が、私の頬に流れた髪をそっと耳にかける。
見つめ合って・・・・今日何度目かの、キスの予感。

ゆっくりと、桐沢さんの顔が近づいてくる。

目を閉じる直前・・・・。

窓から見えた満天の星空を、私は一生忘れないと思った。










長い間ご愛読いただきありがとうございます☆
無事にハピエンとれました~(-^□^-)
桐沢しゃんどうでしたか??
”俺だけのものになれ”
たまりませんね~
こんな課長どこにいるんでしょうか
次はエピローグでお会いしましょう☆