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(よし。帰ろう)


PCの電源を落として、バッグを手に取る。

と、唐突にドアが開いた。


桐沢  『フー・・・・』


うつむいて、苦味を含んだ重苦しいため息を吐きながら、桐沢さんが入ってくる。

あず  『・・・・・』


眉間にしわを寄せて…疲弊しきった顔。
私の存在にも気付いてない。


(疲れてるんだ…当たり前だけど)


あず  『・・・・・桐沢さん』


桐沢  『!!?』

桐沢さんは心底驚いたように顔を上げた。


桐沢  『――櫻井!?』


あず  『お疲れ様です』


桐沢  『お前・・・・・大丈夫か?こんな時間まで仕事なんて――』


あず  『・・・・それはお互い様だと思いますけど』


桐沢  『ハハ、それもそうか』


さっきの疲れ切った顔がまるで幻だったみたいに、桐沢さんは笑顔になっていた。

あず  『そうですよ・・・・大丈夫ですか?このところろくに寝てないでしょう。ご飯ちゃんと食べてます?』

桐沢  『なんだ、そんなことか。大丈夫に決まってるだろ。それなりに寝てるし、食える時に食ってる。心配すんな!』


あず  『へぇ……それなり、ですか』


まるで信じてない目を向ける。

桐沢  『――あれっ、なんだこれ』

滋養強壮ドリンクに気付いたらしい。

あず  『・・・・飲んで下さい。気休めですけど』


桐沢  『・・・・・・・・・ありがとな、櫻井!』


あず  『無理しないで下さいね。みんな心配してるんですよ。天王寺さんも、浅野さんも・・・・・一人でしょい込んじゃわないで下さい。桐沢さんだって、時々は、愚痴の一つや二つこぼしたっていいじゃないですか』


桐沢  『バカ言え。俺は大丈夫だって!』


あず  『・・・・・・・』


桐沢  『部下に心配かけるようじゃ、俺もまだまだだな――』


あず  『桐沢さんが頑張りすぎるからですよ……』


桐沢  『んなことねーよ』


大したことはないとばかりに笑い飛ばして、桐沢さんは追い払うような仕草をした。


桐沢  『それよりお前、とっとと帰れ。何時だと思ってんだ』


あず  『桐沢さんは――』


桐沢  『朝方、当時の目撃者がヨーロッパから来日するんだ。空港まで迎えに行くから、それまでは、お前のドリンク飲んでソファで休んどくさ』


あず  『そうですか・・・・・ちゃんと休んでくださいね』


桐沢  『おう。ありがとな。ちゃんと女性ドライバーのタクシーで帰れよ』


あず  『はい……お疲れ様でした』


頭を下げて、私は二課を出た。





(はぁ…)


自分の非力が嫌になる。
愚痴や弱音を吐かせてあげることも、休ませてあげることもできない。


私にできるのは、それこそ滋養強壮ドリンクを机に置くことくらいしかないらしい。

ノロノロと廊下を歩きながら、ひとりでにため息が零れた。

(…あ)


足を止める。


(財布忘れた…)

引き返しかけて、また足を止める。


(でももうソファで寝てたら…起こしちゃうかな。でも、財布がなきゃ困るし覗いてみて、寝てたらタクシーをアパートの前で待たせて、ヘソクリから払おう…)


ドアの窓から中を覗くと、桐沢さんの背中が見える。

と同時に、その背中が傾いて、うずくまるように崩れ落ちた。

あず  『! 桐沢さん!』


まっすぐに駆け寄る。
桐沢さんは床に膝をつき、デスクの淵を掴んで、かろうじて身を支えていた。


桐沢  『・・・・・櫻井?』

あず  『大丈夫ですか!?』


桐沢  『お前・・・・まだいたのか』

あず  『そんなことより、桐沢さんの体が・・・・』


桐沢  『大丈夫、安心しろ。つーかお前、心配性だなぁ・・・・』


桐沢さんは笑う。

だけどそんな血の気の失せた顔色で言われたって。
これですんなり安心できる人がいるなら、お目にかかってみたい。

あず  『目の前で倒れられたら猿でも心配します!』


桐沢  『大げさだな。ちょっとバランス崩しただけだって』


桐沢さんは勢いをつけて立ち上がった。

桐沢  『――うおっ、ととと・・・・・』


案の定、均衡を保てずによろめく。

あず  『だから言ったでしょう!!馬鹿のひとつ覚えみたいに意地ばっかり張ってないで、とにかく横になって下さい!たまには部下の言うこと聞いてもバチは当たりませんっ!!』


叱り飛ばして、強制的に体を支えてソファに導く。

桐沢  『――お、おい、コラ、櫻井!』


反抗する力は、桐沢さんとは思えないくらい弱々しかった。


あず  『大人しくしててください!!』


有無を言わさずソファに横たえて、足を脳より高い位置に置く。

桐沢  『おいおい、重病人じゃねえぞ』


あず  『似たようなもんです!』

桐沢  『いや俺はだい――』

あず  『大丈夫じゃありませんっ!』


桐沢  『大丈夫だよ……心配させて悪いな』


桐沢さんの”大丈夫”は、まるで自分に言い聞かせてるみたいに聞こえた。


あず  『・・・・・・・・・・・・・・私じゃダメですか?』


桐沢  『……は?』

あず  『愚痴のひとつも言えないくらい、頼りないですか』

桐沢  『・・・・・・・・』

あず  『支えられるだけじゃなく、支え合いたいって思っちゃダメですか』

桐沢  『……櫻井』


あず  『桐沢さんはいつも頼られてばっかりだけど・・・・・大変な時くらい、私たちに頼って甘えてくれたっていいじゃないですか。…大丈夫、なんて…跳ね除けないで』

桐沢  『・・・・・・』

あず  『・・・・・・』


桐沢さんは目の上に腕を乗せて、口元だけで弱々しく笑った。

桐沢  『ありがとう。――でも、本当に大丈夫だ』

あず  『・・・・・・』


(やっぱり…私じゃダメなのかな…)

桐沢  『・・・・・大丈夫、だけど――』


(…だけど…?)


桐沢さんは、深くて長いため息をついた。
腹の底から絞り出すようなため息だった。


桐沢  『・・・・疲れた・・・・』


初めて聞く、気弱な声に、胸が痛む。
私は桐沢さんの枕元に腰かけて、髪を撫でた。

あず  『どうせろくに寝てなかったんでしょう』

桐沢  『…特別チームの捜査が終わった後、朝までに二課の仕事片付けなきゃダメだったからな・・・・・空いた時間はシャワーと着替えで精一杯っつーか』


あず  『そんなに働けば疲れるに決まってます。ナポレオンだって倒れますよ』

桐沢  『ハハ…まさか』

あず  『だからもうちょっと自分にも優しくなって下さい。他の人ばっかりじゃなくて』


桐沢  『・・・・・・・・じゃあ…甘えてもいいんだよな?』

あず  『もちろ……んっ!?』


桐沢さんの頭が、膝の上に乗っかった。

あず  『こ、これは……!』

(まさかの膝枕!)


桐沢  『甘えてもいいんだろ?』


ニヤッと笑って、桐沢さんはそのまま体をこちらに向けて、私の腰に腕を回した。

あず 『・・・・・・・!!』


ぎゅうっと、しがみつくようにして顔を埋める。

(ちょっとこれは…嬉しいけど、でも・・・・でも私の心臓が危ないかも・・・・・・!)

桐沢  『・・・・・櫻井』


桐沢さんは顔を埋めたまま、くぐもった声で私を呼んだ。

あず  『は、はぃぃっ!』


うろたえすぎて声が裏返る。

桐沢  『…キョドりすぎ』

あず  『すいません・・・・・・というか、なんですか・・・・・・?』


桐沢  『・・・・・・あのさ、文書類全部、俺が見やすいようにやってくれたろ』

あず  『ああ…はい。余計なお世話かと思ったんですけど・・・・・・』


桐沢  『助かった』


あず  『え・・・・・・』


桐沢  『正直、どうしようかと思ってたんだ・・・・そろそろ…限界だったから・・・・・・』


あず  『・・・・・・』

人の弱音を聞いて胸ときめかせてる私って、趣味が悪いのかもしれない。
だけど・・・・強い桐沢さんが、弱い心を少しだけ見せてくれた。

そして、こうして甘えてくれている。
そう思うと、思わず頬が緩んだ。

(ちょっとでも役に立てたのかな・・・・だったら嬉しい・・・・・・)


プルルル・・・・・

嬉しさも雰囲気もぶち壊すように、内線が鳴った。

連続放火魔事件の犯人らしき人がいるとの通報。

私と天王寺さんが対応することになった。


あず  『それじゃあ私は行きますけど、桐沢さんはちゃんと寝ててくださいね』


桐沢  『ああ。ありがとな。さあ、しっかり捜査して来い』


あず  『はい』


身支度を整えて、ドアを出る直前。


桐沢  『・・・・・櫻井』


あず  『はい』


振り返ると、ソファーの背もたれの一方から突き出した足が見える。


桐沢  『・・・・・見惚れてたんだ。あの時。お前がやけに綺麗に見えたから・・・・・』


あず  『・・・・は、はいっ?』


桐沢  『これが、モンステで言いかけたことの続き』


あず  『・・・・・・・・桐沢さん・・・』


頬が熱い。心臓も。

どこもかしこも。


桐沢  『・・・・ホラ、さっさと行って放火魔逮捕して来い。俺は眠いんだよ』


あず  『・・・・・・・・行ってきます』


私はいつになく軽い足取りで、二課を飛び出した。







翌日。

放火魔を逮捕したり、現場捜査や取調べをしたりで、帰宅したのは始業時間を過ぎてから。

だからなんだかんだでやっと出勤したのは午後だった。


(は~、3人は今頃温泉堪能してるのかな~・・・・・・・いいなぁ・・・・・・・ま、私は自業自得だけど)


ため息とともに課内に入る。

と、デスクの真ん中に、フラワーバスソルトの缶が置いてあった。

その下に、短いメモが置かれている。



”事件解決お疲れさん。これは昨日のお礼。

本物の温泉じゃなくて悪いが、

今夜はゆっくり風呂に入って、ゆっくり休むように。桐沢”



(・・・・・事務連絡みたい)


ぎこちない文面が妙に桐沢さんらしくて、自然と笑みが零れる。


”PS.食い物の方がよかったか?”



(もう・・・・・っ!)


私は怒りたいような、泣きたいような、

喜んで転がりまわりたいような――

そんな気分で、そっけないメモと、フラワーバスソルトを胸に抱きしめた。









温泉でイチャイチャじゃないの!!!

なんなのよこれっ!!(#`ε´#)