久々に記事を更新致します♪


私達は忙し過ぎると、
ついイライラしたり、
「自分はこんなにしているのに」と被害妄想や攻撃的な気分に陥りがちです。。


しかし果たして本当にそうなのでしょうか??




忙しくてあっちもこっちもしなければならないことだらけになってくると、
周りや優先順位が見えなくなって
「自分はこんなにやっているのに!!」とか
「邪魔ばかり入る」とか
にっちもさっちもいかなくなり八方塞がりな気分に陥りがちですが。。




こう考えてみたら如何でしょうか??

まず、この「私」という存在があるのは誰のお蔭でしょう??

まず産んでくれた親があり、命繋いでくれた先祖があって、
その必死に守ってくれたからこそ!生かされているのです。



更には、
神(もしくは神々)がいるからこそ生命があるわけであって、
こればかりはどんな科学者だって生命そのものを生み出せはしないのです。


そう考えると、
「忙しくて祈りを捧げる暇もないのだ」という考えは違いますよね!?




また、この肉体さんは、
文句も言わず、勿論残業代もなしで、
私の為に働いてくれる!!
「身体さん、ありがとう!」と言っていますか??




更に支えてくれる存在、
家族なり、
配偶者や子供でも親でも恋人でも良いのですけど、
それがあって仕事なりが出来るのではないでしょうか??

忙しくてもせめて「ありがとう」ということ位は出来るのではないですか??






更に、
自分が勝手に忙しくしているなら兎も角、
周りが用事を頼んでくる!!という方がいます!!

誰にも頼まれない自分になりたいのですか??
誰にも何も頼まれない人…

淋しいですよね??

あなたの周りにも
「頼みやすい人」と「頼み辛い人」とがいると思います♪

あなたが信頼できるのはどちらですか??

そう思ったら、用事を頼んでくる人を恨むなんて筋違いですよね(´✪‿✪`)





けれど優先順位というのは、
人によって状況によって違う!
というのはレトリックであって、
まず神ありき。
親や先祖ありき。
肉体ありき。
家族や周りの人ありき。
その上での仕事!

それは仕事に手を抜け、と言うことではなく、
感謝の気持ちを忘れないように!!
ということなのです♪



一生懸命ガムシャラに働いた!!
なのに脱け殻になって気がついたら家族にも棄てられた!
というのでは淋しすぎますよね♪



時間が取れる、取れない!
という物理的なことはさておき!
「今は構ってあげられなくてごめんね!」
という甘えも許されるのも、
支えてくれている家族あってこそなのだと思います♪


「忙」という漢字は「心を亡くす」と書きますが、
感謝の心が抜けている状態なのかな??
と思います♪

それより、
沢山沢山やることがあっても、
感謝の気持ちという喜びに満たされていれば、
心が荒まなくて済むのではないでしょうか。。。


小さな光のお話



昔々、大いなる光はご自分の分身をお造りになりました。

大いなる光は完全でした。

そしてその分身の光達も完全でした。

大いなる光は満足なさいました。

そして分身達も自分達に似せて光を産み出しました。



光達もまた完全でしたからその子供達もまた完全でした。

子供の光達は好奇心が旺盛で各々『愛』や『希望』『祝福』『信頼』等を表現しました。

大いなる光は完全でしたのでご自分の分身を通してその属性を見るのに大変満足なさいました。



ある時その最も小さな光が進み出て大いなる光の前で「私は『許し』を表現します」と宣言しました。

大いなる光は小さな光を大層祝福なさいました。


ところが困った事が起きました。
光達は完全でしたので誰も『許す』という行為を示す相手がいないのです。



長い長い沈黙が続きました。




その時ひとつの勇気ある光が名乗り出ました。
「私を許しなさい。」

小さな光は喜びました。
「私は最高の許しを経験し表現したいのです。
どうぞ私が最も許しがたいと思う事を私に与えてください」と。


勇気ある光は言いました。
「愛する小さき者よ、あなたが『許し』を示せるよう私はあなたが最も許しがたいと思えるあらゆる許しがたい行いをあなたに与えましょう。」

「勇気ある光さん、ありがとうございます。
どうか私が大いなる光の分身で完全な愛の属性である
完全な許しを示せるよう私に許しがたいあらゆる事を与えて下さい」



大いなる光は言いました
「この勇気ある光はお前が例え「もうこれだけは許せない」と感じるありとあらゆる事をお前への愛と犠牲と敬意から与えるであろう。
例えおまえがどんなに耐えがたいと感じる絶望の淵にあっても、よく思い出すがよい。
ここにいる総ての者達はお前を祝福しお前のその『許し』を見守っている。
そしてどんなにか耐えがたい行為を与えられようとも、それはお前への愛ゆえの、お前への祝福の為の約束された出来事であることを!!」


小さな光は一層瞬きながら言いました。
「あぁ、ありがとうございます。
私は私の『許し』を表現するチャンスを与えられた事に感謝します。
そして私は忘れません、
どんなに耐えがたいと思える出来事も私の『許し』を表現するチャンスとして愛ゆえに与えられた事を!!」


そしてそして小さな光はその約束の記憶を消されると
人の子として生まれ自らの約束を果たすべくありとあらゆるチャンスの中に投げ出されたのでした。


(2005年11月に某所に書いたものです)








あなたの素敵さは

単に頭が良いってことではなくて

Bebeより物知りでいろいろ教えてくれるからってことではなくて

その長い腕でBebeを捉まえてくれるからってことではなくて

単にセンスが良いからってことではなくて


それらは単にあなたの素敵さのオプションにしか過ぎなくて


その満ち足りるを知る心と

謙虚さと

感謝の心と

全てに対する慈しみの心と

奪うのではなく与える心と

楽しむ柔軟さ



それらすらも
なんとも勿体無いくらい素晴らしいのだけれど


とても自由で
しなやかで
柔軟で

一緒にいて
その楽さに
ただただ驚くのです。。


何も要らない!
と思っていたBebeですから


いいえ、
何も差し上げるものなど持ち合わせていないBebeですから

もはや
ただ味わうことのみしか
出来ないのではございますが


こうして
一緒に見つめるものを共有したり
同じ空間を味わったり
出会えた奇跡を慈しんだり

もうそれだけのことなのですが


そんな贅沢が味わえるという奇跡を

そう!

正に!

有難し!を


そしてこの全てに完璧なタイミングと


この素晴らしさに
身を焦がしてしまわぬように

じっくり
じっくり
味わいたいのです。。。


あなたの心地良い声をきくだけで

こんなにも細胞が喜ぶから

なにも
そこいらで売っているような

チープな愛の台詞など
仰らなくても
良いのです。。。


何もして差し上げるものなど
持ってはおりませぬから

せめて
雑多に花を選ぶように
こうして歌ってみるのみです。。

きっときっと
新しい土地は
あなたに
また新しい風をもたらすに違いないし

その追い風と共に

こうしてBebeも

歌うのみです。。




いつでも
この小鳥

あなたが呼べば
飛んでいきます。。


ただ
あなたの傍らで

歌うのみの


鳥ですので。。