これまでの人生、当たり前ですが人に助けられて生きてきました。
そんな人生の中で今日は、意識して助けてもらうということを初めて経験しました。
自分から誰かに自分の弱さを開示して、意図を明らかにして助けてもらう
初めての経験です。
自分でできるとこまでやってみた。
でも、どうしても越えられないものがあって。
絶妙なパスが来て、助けてもらうことに決めました。
その方はセッションモニターのお客様でもあり、どこか私に似てる人。
力を貸して下さい、と正直にストレートに伝えました。
私の重いメッセージに深く繋がり、誠実に感じたことを綴って下さり。
何か言葉だけじゃない破壊力を感じました(笑)
全て自分だけで解決できるなんて思ってない?
生憎ですが、この世界はそういうシステムになっておりませんよー!
って言われた気分だったんです!
なんか、理屈でなく「そうなんですね!」って納得して腑に落ちたんです。
そう思ったら、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきて。
もうさー、私がどうしたいか?だけで行動するだけじゃーん!って一気に軽くなって。
一人でなんとかしなきゃ!の呪縛から解放されました
もっと早くに諦めてしまえば良かった。
というか、そんな呪縛があることも知らなかった!
何を諦めるのかもわからないはずだ!
これを冷静に振り返ってみると、変なプライドだったなぁと思う。
へんてこりんな万能感。
ある意味でおこがましい!(笑)
いや、万能なんでしょうけどそういうことをする為のこの世界じゃないんだねー!って思った。
誰かの力を借りるってことは、繋がりを感じるために必要なことなのかもしれない。
これを知らないでセッションするって有り得なくて。
私は初めてお客様の立場になったんだと思う。
私のやっていることを体験するって経験をしたのだと思った。
誤解を招きそうなので説明が難しいのですが、自分で解決するとか乗り越えるということは間違いないのです。
誰かに全て説明してもらったり、やってもらったりして攻略する…そういうことでは勿論なく。
うーん…言語化が難しいのですが、
私と深く繋がってくれる誰かの視点や言葉の力を借りる、受け入れること
が人に助けてもらうってことなのかなぁと思った。
それを私は提供できるんだ!っていう確信みたいなもの。
これをやっていたし、相手はこれを受け取っていたんだ!っていうことが認識できた。
私の太陽のサビアンシンボルはサマリアの女。
サマリアの女がイエスから受け取った感覚って、この繋がってることを受け入れるって感覚だったのかなぁと思った。
この誰かから受け取ったものさえ、実は自分から受け取ったもので。
それを受け入れるってことが人に助けてもらうってことの本質なのかもしれない。
そんなことを感じました。
とっても新鮮で、パチンと弾けるような感覚。
何か抜けられたような気がします。
これから堂々と命の対話セッションを提供していける、そんな気持ちです。
こんな体験をさせてくれた彼女や、そこに導いてくれた全てのものに感謝します!
命の対話師 まつだまゆみ
